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⑰海図(さくひん)の描き方がわからない

「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」

 ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。 
   プロデューサー席でホクトさんが珍しく起きてホチキス留めされた企画書に目を通していた。
 え!? ホクトさんが居眠りをしないで収録に参加している。
 しかも全然目を通さない企画書を手に取っている。
 ホクトさん、やっと船長(プロデューサー)としての自覚が芽生えたのかな。ホクトさんはスタッフさんからの信頼も厚い。それに人徳もある。この人に唯一足りないのがやる気。今、そのやる気スイッチがONになっている。これからライトハウスは安泰だ。
 ボクは船(ラジオ)が明るい航海へ向かえる未来を想像して、思わずニヤけてしまった。

 だけど、ボクはすぐに現実に引き戻された。ホクトさんの隣にいるミナミさんがホクトさんから何かを取り上げた。それはマンガの単行本であった。

 うん? ホクトさん? 
   まさか……。あなたは本番中に企画書に隠したマンガを読んでいたのですか!? 
   もうやることが学生じゃないか。 
   ここに学生さんや純粋な子供達がいなくて良かった。ホクトさんの姿を見てしまったら、大人への信頼が減って逆に失望が増えてしまう。

 子供達のためにもボクはしっかりとした大人にならないと。
 ボクはこんな大人になってはいけないと自分に戒めてラジオを進行する。

「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」

 ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。

「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! 海図(さくひん)が描けない船長です。海図(さくひん)が描けない船長、はじめまして。ラジオネームに作品が描けないと書いているので、もしかしたらクリエイティブなお仕事をされているかもしれませんね。今日はどんなお悩みなのでしょうか? わたしは……」

***

「また”ニャンクエ”つまらない!」

「もうオワコンなのかもね」

 わたしが行き付けのカフェで作品のアイディアを考えていると、わたしの描いた作品への批判的な声が耳に入ってきた。
 ノイズキャンセルイヤホンをつけてシャットアウトしたいけど、こういう何気ない日常からも作品のアイディアが生まれることを、わたしは知っている。
 だから、どんなに嫌な声が聞こえてもノイズキャンセルイヤホンをつけずに人の声に耳を傾ける。

 彼らが話題にしている”ニャンクエ”とは”ニャンダー・クエスト”の略称です。ファンタジー世界に迷い込んだ選ばれし猫たちが世界を救うために戦うファンタジー作品です。
 小学生から中学生向けの雑誌で連載している作品だけど、彼らのような大人のファンもいてくれています。マンガに興味なかったけど、猫が出てくるから好きというファンの方もたくさんいます。

 わたしは子供の頃から夢であるマンガ家になることが出来ました。
 猫原ニャニャ美というペンネームで活動しています。
 世間体を気にする両親には大学へ行って有名企業に就職しろと言われましたけど、わたしはマンガ家になる夢を諦めきれなかった。
 勘当同然で家を飛び出して上京。アルバイトをしながら、マンガの新人賞に応募してデビュー作”ニャンダー・クエスト”を連載することが出来ました。

 連載デビュー出来て嬉しかったですが、ここからが大変でした。
 締め切りに追われる毎日、読者からキツいコメント、編集者さんからの難しい要求などたくさんあります。夢の世界で生き残るために、わたしなりに努力をしました。

 雑誌にある読者アンケートに書かれている要望を取り入れたり、新キャラをたくさん登場させたりと自分を曲げてやりました。

 だけど、結果に結びつかない。雑誌のランキングは最下位手前まで落ちてしまいました。ついに編集者さんから「次のランキング落とすと打ち切りになります」とクビ宣言までされてしまいました。

 わたしは何が描きたかったんだろう。

***

「……わたしは色々なものに振り回されて何が描きたいか分からなくなっています。マンガ家としても人としてもダメだ、なんとかしないと。そう思っていた時に友人からこのラジオを紹介してもらいました。カノンさん、わたしに何かアドバイスください。よろしくお願いします。海図(さくひん)が描けない船長、ありがとうございました」

 まさか現役のマンガ家さんから、お悩み相談が来るなんて。
 でも、とても辛そうだ。夢のマンガ家さんになれたのに、このリスナーさんは周りに振り回されて自分を見失っている。


 このままじゃ、リスナーさんが潰れてしまう。
 なんてアドバイスを送れば良いのかな。

 ボクがリスナーさんへのアドバイスで悩んでいると、ラジオブースの外でホクトさんとミナミさんがケンカしている姿が目に留まった。
 恐らくラジオの収録中にホクトさんがマンガを読んでいたことをミナミさんが注意しているのだろう。

 もう、二人とも今は本番中なんだから後にしてよ!と、ボクは思わず大声で叫びたくなった。
 だけど、ホクトさんが手に持っているマンガの単行本を見てボクは気がついた。そうだ、これだ!
 ボクはリスナーさんへのアドバイスを見つけることが出来た。

「海図(さくひん)が描けない船長。夢であるマンガ家さんになれたんですね! 凄いです。その分、夢と現実とのギャップに悩んでいるみたいですね。ボクも声のお仕事が出来て嬉しい反面、思い描いていた世界との違いにショックを受ける日々があります」

 ボクはこの世界に入ったことなどを少し混ぜながら、リスナーさんへと話し始めた。じゃあ、そろそろ本題に入ろうかな。

「周りからの批判的な声のせいで、あなたが何を描いて良いか迷っていらっしゃると言ってましたが、それは気にしなくても大丈夫です。
全部無視してと言っている訳じゃありません。1回だけ受け止めて、いるか、いらないかを判断してください。人は持てるモノの量が決まっています。持ちすぎると、潰れちゃいます。あなたには否定的な声よりも肯定的なファンのみなさんの声を持ってください! このラジオで働くスタッフさんにもあなたの大ファンがいます。その人達は、あなたが描きたい物語を待っています。だから、自分の海図(さくひん)を信じて描き続けてください」

***

「カノン!」

「あ、ホクトさん……!」

 ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前にホクトさんが慌ててやって来ると、突然ボクの頭を殴った。

「い、いたい! ホクトさん、何をするんですか!?」

「お前、ニャニャ美先生になんて偉そうなことを!」

 ホクトさんはボクの言い分を無視して細い腕でボクの首をしめ始めた。 く、苦しい。やめて、ホクトさん!
 ホクトさんがどうして、こんなに怒っているかというと今回のリスナーさんがホクトさんの大好きなマンガの作者さんだからだ。

「お前みたいなぽっとでのラジオパーソナリティが偉そうにアドバイスしていい方じゃないんだぞ」

 ぽっとでのラジオパーソナリティって。ホクトさん、ひどいよ。

「こら、ホクト。やめなさい」

 ミナミさんが仲裁に入ってくれたことで、ボクはホクトさんの首しめ攻撃から解放された。

「ミナミさん、助かりました」

「ホクトもマンガくらいで熱くなるんじゃないの」

「マンガくらいってなんだよ! ”ニャンクエ”はアタシの癒やしなんだぞ」

「マンガで癒されるなんて、あんたはお子ちゃまね」

「なんだと! お前だって毎晩ホストに貢いでいるくせに!」

「そ、それは関係ないでしょ!」

 二人の口ゲンカが始まったおかげでボクはホクトさんから逃げることが出来たので、休憩室のソファーに腰を下ろした。

 そして、ホクトさんに貸してもらった”ニャンクエ”の1巻を読み始めた。これから作者さんとボクの冒険のはじまり、はじまり。

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