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⑬規律に縛られた航海

「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」

 ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた
 ホクトさんがプロデューサー席で眠っていた。もう置物化しているホクトさんの寝顔を本番中にもかかわらず、若手女性ADさんがスマホで写真を撮っていた。ホクトさんは居眠りばかりしているけど、ラジオの女性クルーからの人気が熱い。女子校でモテる男子っぽい女の子みたいなポジションの船長(プロデューサー)の寝顔を見ながら、ボクはラジオを進行した。

「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」

 ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。

「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! 規律を重んじる船長です。規律を重んじる船長、お久しぶりです。
以前の海図に就職活動中で悩んでいると言ってましたよね。
その後の就職活動は上手く出来ましたか?
良い報告が聞けるかもしれないので、わくわくしますね。僕は……」

***

「守谷くん」

「はい」

「今日、先方に送る資料は……」

「出来ております」

「おぅ、早いね!」

「ありがとうございます。社内の共有フォルダに格納しておりますので、ご確認お願い致します」

「わかったよ」

 僕は転職に成功した。前の会社はノルマの厳しい営業職がメインだった。元々、人と話すことが苦手で営業職は避けてきたけど、親からの「就職決まった?」という圧力に耐えられなくて営業職を選んでしまった。ノルマ未達で業後にサービス残業の研修をさせられたけど、僕の営業成績は伸びなかった。

 このままでは僕の人生がダメになってしまうと思って転職を決めた。
 営業以外の仕事だったら何でも良かった。
 ネットで求人サイトを見ながら転職先を探したけど、何をしたいか決まっていない僕には求人がただの文字の羅列にしか見えなかった。

 誰かの意見が欲しいと思ってハローワークへと行ってみました。
 職員さんに僕の職歴や出来ることなど話すと、資料作りが得意なら事務職はどう?と提案してくれた。
 事務職か。僕は職員さんの提案通りに事務職の求人を探して面接を受けました。資料作りのスキルを高く買ってもらえたのか、僕は採用された。

 嫌な営業職と、おさらば出来て僕は嬉しかった。
 だけど、この職場で気になることがあります。

「大井くん」

「はい」

「今日、先方に提出する資料はどうなっている?」

「すみません、まだ……」

「はぁ!? 何をやっているんだ!? 誰か大井くんの資料作成のサポートを至急頼む!」

 また大井さんか。大井さんは僕の先輩でとても優しい方だ。
 だけど、一つだけ僕は先輩の受け入れられない部分がある。それは締め切りを守れないことだ。

 資料も提出もそうだけど、決められたルールを守ることが苦手なのか。先輩はいつも破ってしまう。僕は決められたルールを守れない人間が大嫌いだ。

 僕はこの職場が好きだ。もっと働きたい。だけど、先輩のルール違反が気になって仕事にも集中出来ない。

***

「……僕は居場所を見つけたのに、また転職しないといけないのかな?そう思うと憂鬱です。僕はこのまま会社にいても良いのでしょうか? それとも転職した方が良いのか? カノンさん、また僕に何かアドバイスをください。よろしくお願いします
規律を重んじる船長、ありがとうございました」

 そうか。新しい仕事が決まって良かった。
 でも、新しい職場で別の問題で悩んでいる。
 しかも、リスナーさん本人じゃなくて職場の先輩の行動に原因があるなんて。難しいな。だけど、誰にも言えない悩みを抱えて進む方向を見失っている。

 どうしたら良いかな。ボクはリスナーさんへのアドバイスを一生懸命考えた。そんな時、プロデューサー席で寝ているホクトさんが目に入った。
 ホクトさん、まだ寝ているの? 
 あれ? そういえば、ホクトさんが前に……。ホクトさん、ありがとう!

「規律を重んじる船長。新しい職場への転職おめでとうございます! 前の職場よりも活き活きと働けているようで良かったです。ただ先輩が締め切りを守れないなどのルール違反が目に入ってしまうようですね。
ボクも列に横入りしてしまう人がいるとイライラしちゃうので、あなたの気持ちがわかります」

 ボクはプロデューサー席で気持ちよさそうに寝ているホクトさんの顔を見て「ホクトさん、言いますね」と心の中で宣言する。

「だけど、ルールを気にしすぎると、あなたが疲れてしまいます。
きっちり守りすぎないで少し破っちゃうくらいの考えの方が楽になりますよ。ボクの知り合いでこんなことを言っている人がいます。
”ルールは破るためにある”と。その人は職場でのルールを破ってはいますが、そのおかげで職場の人が働きやすい環境を作ることが出来ました。規律を重んじる船長も先輩が締め切りを守れないのが気になるなら、あなたが先輩のフォローに回ってみるというのはどうでしょうか?
仕事量が増えちゃいますが、締め切りを守れない先輩が気にならなくなるんじゃないですか? ルール違反になるんじゃないか!って思うかもしれないですが、先輩をフォローするというルールを作れば解決です。
ずっと同じルールが通用することはありません。だから、これを切っ掛けに働きやすいルールを作ってみてください」

***

「カノン、お疲れ様!」

 ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前にホクトさんがやって来た。

「ホクトさん、お疲れ様です」

「アタシのことをラジオで話すなよ」

「ごめんなさい。リスナーさんの悩みを解決出来ると思いまして」

「”ルールは破るためにある”ホクトらしいわよね」

「ミナミ」

「ミナミさん、お疲れ様です!」

「カノンちゃん、お疲れ様!」

「私とホクトでライトハウスを立ち上げた時もそうだった。周りのオヤジ達は女性ばかりのラジオチームなんて前例がない。上手くいくわけがないって散々言ってたわ。それが今ではみんな立派なラジオスタッフになってくれたわよね」

「あぁ、みんなよくやってくれている。アタシはこのチームメンバーとリスナーの居場所を守ることが仕事だ。それ以外何も出来ない。二人ともこれからも頼むぞ」

 ホクトさんはボクとミナミさんの肩に手を回して満面の笑みを浮かべた。純粋な少年のような笑みを浮かべるホクトさんを見てミナミさんが頬を赤くしていた。
 ミナミさん、ホクトさんを少し意識しているよね。ホクトさんって直感凄いのに、恋愛に関しては鈍感だな。
 まぁ、いつか二人の恋の物語が聞けるのを楽しみにしておこう。

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