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アマゾンの少数民族「ピダハン族」から学ぶ幸せの秘訣

こんにちは。りおです。
今回は、ある少数民族のお話をさせていただきます。
みなさんは「ピダハン族」という民族の話を聞いたことがありますでしょうか。
ピダハン族はブラジルのアマゾンの奥地に暮らす民族で、人口が400人を割る少数民族です。

ピダハン族は「世界一幸福な民族」と言われています。
西洋文明を取り入れることを拒み、原始的な生活を続ける彼らには、使用する言語と認知機能に大きな特徴があります。
その特徴から、「幸福になるにはどうすればよいか」という現代人が抱く問いに対するヒントを得ることができます。

「ピダハン」という有名な本があります。(Amazonのリンクは一番下に貼っておきます)
ダニエル・L・エヴェレットというアメリカの言語学者が書いた本です。
エヴェレットは30年以上にわたってピダハン族とともに生活し、彼らの言語や文化について研究しました。
彼はプロテスタントの伝道師も務めていて、ピダハン族について研究を行うと同時に、彼らに対して福音(キリストの言葉)の伝導を行うという別の目的ももってブラジルに渡りました。
しかし、生活を共にしながら彼らの価値観に触れるにつれ、キリスト教的世界観や神に祈ることへの意義に疑問を感じ始めます。
結果的に、布教のためにアマゾンの奥地に入り込んだのにも関わらず、福音への信仰を捨て無神論者になってしまいます。



ピダハン語に見られる特徴


ピダハン族は狩猟や採集を中心とした生活を送り、電気も使用しません。
家や服は非常に簡素で、生活に必要な道具などは他民族との物々交換でまかないます。

彼らの言語には主に下記のような特徴があります。
・左右を表す言葉がない
・色を区別する言葉がない
・数を表す言葉がない(「1」と「それ以上」しか持っていない)

単語の数はとても少なく、構文も非常に簡素なものです。
しかし、最も顕著な特徴は「過去や未来を表す言葉や文法を持たない」ということです。
つまり、「昨日」や「明日」を指す言葉や、文章の過去形や未来形がないのです。

言語は認知や思考という行為を行うためのツールです。
言語があるからこそ私たちはものを思考することができ、概念を持つことができるのです。

例えば、北極圏に住むエスキモーは「雪」を表す言葉を数十種類持っていると言われていう有名な話があります(数については諸説あるみたいです)。
「降る雪」「凍った雪」「ぬかるんだ雪」でも各々違う単語で指すようです。
これは彼らの生活に雪は切っても切れない存在であり、生きていくうえで雪の種類を区別せざるをえなかったからです。
つまり、重要なことを表す言葉は種類も豊富で、重要でないことを表す言葉は数が少ないのです。



ピダハン族の認知や価値観


ピダハン族の話に戻ります。
彼らが過去や未来を表す言葉、過去形や未来形を持っていないということは、彼らは過去や未来を重要視していないということを表します。
彼らは過去や未来について認知や思考をする必要がないのです。


エヴェレットは彼らと生活する上で、下記のような認知や考え方をしていることに気づきました。
・歴史や創世神話や口承の民話を持たない
・儀式を持たない
・数や色を表す言葉を持たない(普遍化のツールを持たない)
・故人の話をしない


これらの特徴から言えることは、彼らは「今」に着目し、経験の直接性を重んじて、自分で見たことがないものは扱わないということです。
自分の目で確かめた世界が全てであるから歴史や創世神話を持たず、また、抽象的・概念的な信仰や宗教に関する儀式を行わないのです。
これらは、彼らが「今、目の前で起きていること」のみに興味・関心を示すことを意味しています。
彼らの認知時間は、「今」しかないのです。
(ちなみに地球上のほぼ全ての民族が創世神話を持つと言われています。それくらい、「私たちはどこから来たのか」というストーリーが我々にとって大事なんですね。)


また、それ以外にも、彼らの価値観には以下のような特徴がありました。
・未来を描くのではなく、一日一日をあるがままに楽しむ
・何をするにも最低限必要とされる以上のエネルギーを注がない
・将来を気に病まないことに文化的価値がある
・必要以上のものは持たない
・「ちょうど今」「たった今」を表す言葉を会話中によく使う(「イビピーオ」と発音される)


エヴェレットはあるエピソードを紹介しています。
彼らは隣の民族から物々交換により、舟を修理するための工具を手に入れたそうです。
彼らはそれを使用して無事に壊れた舟を修理しました。
しかし、彼らは修理が終わると、工具を目の前の川に投げ捨てたそうです。
せっかく手に入れたものなのに、保管しようとは思わなかったのです。
彼らにとって、未来という概念がないので「保管」という考え方がないようです。


また、彼らに3日間も何も食べていないという日があったそうです。
しかし、彼らは狩猟・採集に出掛けることはなく、火を囲んで楽しそうに踊っていたのをエヴェレットは目にしました。
彼らは、飢餓に陥る心配をすることなく、「踊りたい」という欲求に従い、その場で踊ることを優先したそうです。



ピダハン族から学ぶ幸福の秘訣とは


西洋社会的な価値観のもとで暮らす私たちからすると、ピダハン族は一見して不便で不合理な生活をしています。
しかし、エヴェレットには彼らはとても幸福に見えたようです。
彼らは「今この瞬間」を大いに楽しみ、一日一日をありのままに過ごしています。
そもそも、過去や未来を表す言葉がないので、「今この瞬間」以外のことに意識を向けません。
過去の失敗を憂うことや未来に起こることを案じることがありません。

「幸福の源泉は『今ここ』に意識を置いていることにある」ということが彼らの時間に対する認知や価値観から学ぶことができます。
人間は自分でコントロールできないものに意識が向いているときに苦しみが生じるといいます。
過去や未来は、まさに自分でコントロールできないものです。
一方で、「今この瞬間」は自分が今まさに直接体験しているものであり、自分の行動や思考自体でコントロールすることが可能です。

私たちは、常に過去や未来のことを考えています。
商談での失敗や、家族に思わず言ってしまった酷い言葉。
過去は変えられることができないのに過去を振り返り後悔ばかりしてしまいます。
自分のキャリアの行く末や、いつか訪れる親の死別のこと。
未来を自分で直接コントロールすることができないのに、将来を案じて不安に陥ります。
一日の大半を「心ここにあらず」の状態で過ごし、自分自身で苦しみを生み出してしまっています。

しかし、過去や未来ではなく、今まさに目の前で起こっていることに集中するすることで苦しみを和らげ、幸福感を手に入れることができるのです。
この「『今ここ』に意識を向けている状態」のことを「マインドフルネス状態」と呼びます。

目の前のご飯を味わっている時には、意識は過去や未来に向いていません。
スポーツをしていて目の前のボールに集中している時には、後悔や不安の感情を抱いていません。
「今この瞬間」に集中する時間が長いほど、苦しみが少なく、幸福な時間を過ごしているのです。



幸福を実現するために


苦しみを和らげるためには、自分の意識が過去や未来に向いていることに気づき、意図的にマインドフルネス状態を作り出すことが必要です。
そして、そのためのトレーニングが瞑想です。
瞑想を実践すると、注意を自分でコントロールすることが可能になります。
瞑想を続けると、自分の意識を客観的に見られるようになり、容易に注意を「今この瞬間」に向けることができるようになります

瞑想は、仏教における一般的な修行法です。
仏教は、仏教徒が修行を通じて苦しみから解放されることを説いています。
瞑想によって注意力を鍛えて、心を「今ここ」に置くことで、苦しみの原因となる煩悩を減らすことを目指します。

過去を悔やんでばかりいる人、将来が不安な状態にある人、今まさに苦しい状態にある人は、少しずつでも良いので日常に瞑想を取り入れることをオススメします。

散歩中の道ばたに咲いた花、一緒にいる人の笑顔、朝のコーヒーの香りなど、世界は美しいもので溢れています。
そういったものに積極的に注意を向けるべきです。
ピダハンのように、「今この瞬間」を楽しめるようになる鍵が瞑想、ひいては仏教にあるわけです。



おわりに

今回は、今回は私がとても心惹かれた少数民族である、ピダハン族についてご紹介させていただきました。
私は、マインドフルネスのオンライン教室で講師の方がピダハン族の話をしているのを聞き、初めて彼らの存在を知りました。
本を買って読んだところ彼らの生活や価値観がとても興味深いことがわかり、途中で信仰をも捨ててしまったエヴェレットにもとても共感しました。

ちなみに、本の後書きには、著者のエヴェレットの後日談が書かれていて、これもまた面白いです。
彼は30年以上の現地調査を終えて、アメリカに帰国した後、信仰を捨てたことなどが原因で妻に見放され、最終的に離婚してしまいます。
家族を失ったにも関わらず、彼はとても穏やかな気持ちに満たされたそうです。
ピダハン族に出会ったことで彼の中で西洋的価値観が崩壊し、新しい幸福の基準を手に入れたようです。

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他にも、瞑想に関する記事や、「過去や未来に注意が向く原因となるある脳機能」に関する記事を書いています。
興味があれば、そちらもお読みください。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。



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