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軟産道強靭症妊婦の妊娠記録

帝王切開になるのは逆子や多胎児の予定帝王切開、早期胎盤剥離などの異常、分娩中のトラブルから緊急帝王切開が多いのではないだろうか。
私の場合はただ陣痛が始まらなかったから帝王切開となった、少し珍しいパターンだった。検索してもあまり例がなかったので、誰かの参考になれば幸いだ。

2020年6月
第一子の妊娠が発覚した。

心拍確認後の7月には会社へ報告し、コロナの不安やつわり症状もでてきたためテレワークへ変更させてもらった。柔軟な対応をしてもらい本当に助かった。

つわりは6週頃からなんとなく気持ち悪いなあと思い始めて8週で吐いた。吐きづわりのみだった。常に船酔いのような気持ち悪さでたまに吐く、といったところだ。10週頃がピークで会社も欠勤扱いにしてもらい長めの盆休みをいただいた。

盆休み明けから少しマシにはなったので出社する頻度もあがりつつあった。(会社でも吐いていたが)

2020年9月
安定期に入った。
ある日突然、つわりも治まり、体調もよくなり胎児も元気でなんの問題もない日々だった。戌の日には近くの神社へ行き祈祷をしてもらった。
つわりが治ったことにより食欲も出てきて好きなだけ食べていたら体重が急増して母子手帳に増加注意のスタンプをおされてしまった。
夫婦最後の旅行ということで温泉にも行くことができた。

2020年12月
妊娠後期に入った。
便秘が悪化し、近所の病院にお世話になる。妊娠期間中1番の地獄だった。この時、もう絶対に妊娠したくないと感じた。12月の仕事納めから有給を使い早めの産休に入った。
パパママ教室に参加したり、必要なものを買い揃えたりしながらゆっくり過ごした。
姉のお下がりがあったので、高い買い物は抱っこ紐くらいで済んだ。

2021年1月
1月末に実家へ移動し里帰り出産に備えた。
天気がいい日はウォーキングをしたり、暇つぶしにシフォンケーキを作ってみたり。生産期に入ってからは休日に旦那に来てもらい陣痛を待った。

妊娠後期は軽い体調不良があったので紹介する。
1.横になると苦しい
息苦しさがある。特に左向きだと胃液が上ってくるような苦しさと喉の痛み、熱さがあった。喉がゴロゴロ言う症状もあった。

2.胎動が激しすぎる
出産間近になると胎児が下がり胎動の激しさが無くなるというが、下がらなかったため胎動の激しさが増すばかりだった。特に蹴りが凄くてお腹がボコボコ動いていた。

3.寝起きに指の関節がおかしい
リウマチ?のような感じだろうか。手を開くとき関節に痛みがあった。これは産後1ヶ月くらいまで続いた。

4.寝付きが悪い
胎動のせいか夜は中々眠れず、昼夜逆転とまではいかないが夜な夜なアニメを見たりしていた。午前中は死んだように寝ていた。

2021年2月
毎週、健診で内診をしてもらうが一向に子宮口も開かないし、胎児も下がってこなかった。予定日を5日過ぎた時、促進剤を使用することが決まった。この時に主治医から説明されたのは促進剤を使用中に陣痛が起こり出産に至るか、陣痛が起きずに一時退院になってもそのあと破水や陣痛が起きて出産になることがほとんどと言われた。陣痛がこなくて帝王切開になるのは年に1人いるかどうからしい。
また、42週を過ぎると胎盤が役目を終えて栄養が胎児に届かなくなっていき危険があるので41週には出産しなければならなかった。

2021年3月
促進剤投与のための入院がスタートした。
1日目。(予定日超過5日目)
経口投与。1日最大6錠を1時間おきに服用する。不定期にお腹の張りはあるものの、これといった進捗は見られずに終わった。
2日目。(予定日超過6日目)
点滴投与。大体、この点滴をすると陣痛がはじまるパターンが多いらしいが、こちらも不定期にお腹が張るだけだった。
3日目。(予定日超過7日目)
促進剤が効かず、子宮口、胎児の下がり具合に変化がなかったため主治医から退院を言い渡された。退院後に何らかのアクションが起こることもあるからね。と言われ期待半分、諦め半分で退院した。

何も起きずに予定日超過10日目の健診を迎えた。
このときはじめて、軟産道強靭症と名付けられたが、実際のところはよく分からない。もしかしたら、臍の緒が短くて胎児が下がらないのかもしれないし、羊水もこの時期にしては多いから他の原因があるかもしれない。出産しないことには分からないとのことだった。

そして主治医から2つの選択肢を提示された。
1.明日の朝、入院して促進剤をうつ。その後、陣痛が起きなければ明後日に帝王切開。
2.明日の夕方、入院して明後日に帝王切開。

迷うことなく後者を選択した。
子の誕生日は41週5日(予定日超過12日目)となることが決定した。

帝王切開レポについては次の記事とする。

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