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タイの「ぬるさ」こそ、魅力 - 『愉楽の園』

タイには、不思議な魅力がある。
ずっと行きたいと思っていたものの機会に恵まれず、29歳にして初めてタイへ旅行して、なるほどそれに惑わされた。

その魅力を巧みに言い当てているのが、宮本輝『愉楽の園』の一節だ。旅先の読書に、と思い読み返している中で、目に留まった。

アングロサクソンは、タイに来て生活に慣れると骨抜きになる。気がつかないうちに骨抜きになる。彼らの中には、タイという国にエデンの東をみつけたつもりの者もいるし、甘い毒の酒だけにひたっていく者もいる。–– 宮本輝 『愉楽の園』

これは、タイ王家の血筋をひく設定であるサンスーンという人物から発せられた言葉だ。また、この物語の主人公で日本人の恵子は「努力せず、半分死んだように生きることが、タイ人のやり方であるという先入観」を持っているとの描写がある。

まさに、タイ人は驚くほど頑張らない。

実際、ホテルでもレストランでも、半数以上人が余っている状態をよく見かける。そこそこ高級な類のホテルやレストランでも時間の余った従業員は、スマホで誰かとチャットをしていたり、ゲームをしたり、動画をみていたりと、大変自由だ。日本だったら、従業員の写真をSNSにアップされ、チェーン全体が危機に陥るという自体を招きかねない。でも、タイでは誰も気に留めない。

また、旅の後半で訪れた美しいセラドン焼きの陶器を売るお店に関しても、これだけクオリティの高い商品が揃い、しかも在庫もふんだんにあるのに、なぜもっと売らないの、と驚いてしまった。(今だったら、ECなどの手段はいくらでもあるのに!)もちろん色々と事情はあるんだろうけれど。

話を戻すと、この国全体をおおう「頑張らない」空気がアングロサクソンをはじめとした外国人がタイを愛してやまない理由なのだろう。

アングロサクソンの価値観は能力主義であり、これこそ、世界全体を支配している資本主義の原則だ。それでも、一定数は能力主義に適合できなかったり、ずっと努力をし続けることに疲れてしまう人もいる。そんな人にとって、タイはまさにエデンと思えるのだろう。

自分の能力や活力をこえ、無駄に競争して、消費をしてしまうのではなく、サステイナブルに心地よく生きるという価値観もある。前進も、後退もせず、ただぬるま湯の中で動く。

爆発的に発展することはなくても、「ほほえみの国」として外から来た疲れた人たちを癒す役割を担うのも良いのかもしれない。

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