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すぐにクヨクヨする

 昨日、長年の知り合いのところを訪ねた。今後のビジネスプランについて、いろいろと意見をもらおうと思って、アポイントを取っての上で。

「ええと思うけど、それでお金になるという仕事にはでけへんのちゃうかな」と私が本題に入る前に相手から話を切られた。そう感じるには相手に何か強く思うところがあるんだろうし、まずは彼らを取り巻く現状から話を聞いてみようと思って、聞き手の態勢に入った。

 彼らを取り巻く環境(主にネガティブな部分)はよく分かった。でも、こちらの意図はほとんど伝わらなかった。結果、クヨクヨした気持ちで家路に着くことになった。

 なぜ話が伝わらなかったのか。

 ひとつには、彼らが私の話を聞こうとしなかったからだ。で、彼らが私の話を聞こうとしなかったのはなぜか?そこが肝心なところ。

 私が凹んだのは、私に原因があると感じたからに他ならない。「あの人たちが私の話を聞こうとしなかった」と相手のせいにするのは簡単なことだし、もちろん相手の要因によるものがあるのも確かだ。ただ、私が自分のせいだと感じるのにはワケがある。

 以前から自分自身に感じていることなのだけれど、私は必要以上に話を聞き過ぎる。それは職業柄、長らく精神科に勤めていたので習性となっているところもあるのだけれど、相手が誰であれ、聞き過ぎてしまうことが往々にしてあって、その度に自分の思いが伝わらなくてクヨクヨしてしまうのだ。相手が気持ちよく話できることを最優先にしてしまう。これは自分の悪い癖だと感じている。

 そもそも昨日は私のために時間を取ってもらっていたはずだ。だから基本的には私が話していい時間ということになる。だからもっと堂々と自分の考えを話していいし、率直に話すことでもらえた意見だってあったはずなのだ。でも現実は、相手の話す“同業者に対する愚痴”から“国の施策への不満”を聞くことにほとんどの時間を費やすことになり、挙句、勝手に「ああ、この人に自分のプランを話しても無駄かも」と自己判断して打ち明けることなく、家に帰るという結果に終わった。説明のために持って行った資料もカバンから出さないまま、お蔵入りだ。

 これは誰が招いているのか?といえば、やっぱり私自身なのだと思う。

 組織に勤めていた時も、上層部や部下に自分の話を聞いてもらえず、相手の話ばかり聞くことになり、「良い人」を演じてしまって、結局、相手からすると「使い勝手の良い人」になってしまって、悔しい思いをしたことが何度もあった。その時のことを思い出して落ち込んだ。

 なんで、こうなるのだろう。自分に自信がないから?それとも、こころの奥底で、早々に相手とつながることをあきらめてしまう自分がいるからだろうか。

 過剰適応でしんどくなった自分は、また同じ問題を前にしてクヨクヨしている。

 こんなことで本当に起業できるのか、私。

 夫には「一喜一憂しないでいいよ」と言われたけど、昨日~今日くらいは凹ませてよ、と思う。

 さっき、相手が気持ちよく話すことを最優先してしまうとカッコよく書いたけれど、本当は自分が傷つきたくないだけかもしれない。相手が気持ちよく話しているところに割り込んで雰囲気が悪くしてしまうことを怖れているし、相手の話を聞いた後でも粘り強く自分の話をすることをあきらめてしまっている。

 さて、自分の不甲斐なさに関する自己分析はそれくらいにして、だ。

 こういう情けなさを抱えている自分だけれど、こういう自分で生きていかなくちゃならないことには変わりがない。こういう弱さを抱えている自分のまま、これからどうしていくかという風に思考を切り替えないと。

 1)分かり合えなさを感じる相手とは距離を取る
 2)分かり合えなさを感じる相手と一回で勝負を決めず、時間をかける
 3)少し凹んだら、また別の相手のところに行って話をしてみる
 4)起業が向いてない、と早めに見切りをつける
 5)その他

 もうね、自分で書いておいて何だけど、2)はない(笑)。ここまで50年余りこの自分で生きてきて、今さら自分を変えるなんて時間がかかり過ぎる。そう考えると自分が変われないように、相手も変われない。

となると、1)と3)だな。
なんだ、ちゃんと自分で答えが出せるじゃないか(笑)。

 今夜はスタートアップセミナー(単発)に参加する。そこでまた刺激をもらって、別のところに話を聞きに行くエネルギーを注入してもらおう。

 大切なのは
 一喜一憂してもいいけど、沼に深く入り込まないこと

 一喜一憂は感情なんで、仕方がないから自分に許す(笑)。感情から思考への切り替えがうまくなりたい。そのためには夫以外にも、誰か仲間がほしいな。点じゃなく、面で受け止めれば、同じストレス量でも圧が少なくなる

 ふう。
 
 書いているうちに少し元気が出てきた。書くのって吐き出すことだから、やっぱりちょっとスッキリするよね。私みたいに面と向かうと、言いたいことが言えないタイプには「書く」のがほんとに合ってると思う。

 noteのような場があって、本当にありがたい。今日のような気分の時はしみじみ実感する。

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