共感できないものを否定すること

小説とか映画とかのレビューで、低い点数をつけている人の感想を読んでみると、
「主人公に全く共感できない」とか
「登場人物の誰にも共感できなかった」という
自分の共感ポイントがなかったことを理由に作品を否定するコメントが多い。

だけど、共感できることがそんなに重要なのだろうか。

たしかに共感できる作品というのは、自分が思っていたことや感じていたことを言語化してくれていたり、具体的に表現してくれていたりして、すっきりする気持ちよさがある。
だからこそ、共感できる作品というのは貴重だと思うし、好きになるのも当たり前かもしれない。

でも、共感できない作品というのも、ある意味すごく貴重だと思う。
共感できないということは、自分が今まで思ったり、感じたり、考えたりしたことがなかったということだ。
つまり、共感できない作品との出会いは、自分が今まで持たなかった新たな価値観との出会いなのではないだろうか。

今の時代は、多様な価値観が認められはじめた時代だと思う。
家族観も、仕事に対する姿勢も、性についても、生きる上でのさまざまなことに対して、あらゆる価値観が存在することが認識されはじめた時代。
そして、共感はできなくても、あらゆる価値観の存在を許容していく時代が来ていると思う。
どんな価値観を持つ人も、否定されることなく互いを認めあう方向へ向かっているはず。

そんな時代において、唯一許容されない価値観が「あらゆる価値観の存在を認めない価値観」だと思う。
つまり、「共感できないものを否定する」という行為は、なんだかもう時代遅れな気がするのです。

#エッセイ #コラム #共感 #価値観 #多様性

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