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四神京詞華集/シンプルストーリー(14)

【悪い黄門さま】

○人さらいのアジト(夜)
闇と同化するような濃い紫の袍(ローブ)と胞(マント)に身を包み、冠に雑面をつけた偉丈夫が現れる。
盗賊どもは幾分緊張し、だが表向きは平静を装い酒を飲み続ける。
 
雑面の偉丈夫「待たせたな」
盗賊1「いや」
盗賊2「お一人ですかい?」
雑面の偉丈夫「他の者には任せられん」
盗賊1「さすがは名高き悪黄門さまだ。肝が据わっとる」
 
雑面を取る、偉丈夫。
正体は当然、蘇我有鹿。
驚きと恐怖で声も出ない菜菜乎の代わりに、ナミダが呟く。
その呉女面の奥からはっきりと。
 
ナミダ「この男か……」
 
一方の盗賊たち、有鹿をからかうようにだんびらをチラつかせ。
 
盗賊1「じゃあ交渉といきましょうかい?」
有鹿「交渉? 衛士の巡回を騙り好き勝手に女漁りをさせてやっただけでは足りぬか」
盗賊2「わざわざ熊襲の地から出張ってきてるんだぜ。せめて旅費くらいは色つけてもらわねえとな」
有鹿「その分、俺自ら美女を今一人用意してやっているであろう」
盗賊2「味見もかねてってか?」
盗賊1「宮中随一の公達も意外とゲスだねえ。ひゃははは!」
 
と、有鹿の背後から墨色の胞を纏った男が二人現れる。
痩身と巨躯、対照的な容貌だが殺気を隠そうともしない態度は同じだ。
 
巨躯の男、右覚「静まれ。ここにおわすをどなたと心得る」
痩身の男、左輔「頭が高い。控えおろう」
盗賊1「悪黄門だか少納言だか知らねえが、俺たち無頼に朝廷の力が通じると思うなよ」
盗賊2「お前ら全員ぶっ殺して、女だけ奪ってもいいんだぞ。あ?」
 
だが、盗賊どもにとってそれは瞬く間の出来事だった。
右覚が彼の腕をひねりあげ、左輔が彼の眼前に太刀を突きつける。
ひと際豪華な毛皮を纏う頭目らしき二人の動きを封じられ、盗賊一同身動きできない。
 
有鹿「ふん。これを幸いに頭目の座をとって代わろうとする者もおらんか。所詮、山野の烏合よ」
 
カッカッと笑う有鹿、ふと菜菜乎に気付く。
歩み寄る有鹿に、言葉を詰まらせる菜菜乎。
だが有鹿の視線は菜菜乎を通り過ぎ、ナミダを捉える。
 
有鹿「しかし禍人までも攫うとは」
盗賊1「俺達にとっちゃ禍人も穢人も関係ねえ。ただの女だ」
盗賊2「都人にとっちゃ汚らわしいもんは全部鬼や化け物に見えるってか」
右覚「黙れ外道」
盗賊1「ヘッ、どっちが外道だか」
有鹿「これは政(まつりごと)だ。天の下、うぬら陽も届かぬ者達が集めた伝聞を掌握してこその蘇我一族。我らはこの国の光も闇も統べる者である」
左輔「さあとっとと渡せ。首が胴から離れる前にな!」
 
盗賊共は右覚と左輔に蹴り飛ばされ、口ほどにもなくすごすごと引っ込み、そそくさと洞窟の奥から大量の木簡を持ってくる。
有鹿、木簡の一つを開き、目を通す。
 
有鹿「税を逃れる者。収穫を誤魔化す者。財を貯めこむ者。異国とよしみを通じる者。弓刀を揃え不要に兵を集める者。見ろ。地方豪族のなんと欲深く恐ろしい有様か」
右覚「これはまた。熊襲どもはひと際酷うございますな」
有鹿「なに。酷ければ酷いほど脅し甲斐がある」
???「なるほど。その木簡こそが蘇我一族の力の源か」
盗賊1「だ、誰だ!」
???「大和各地の豪族共が包み隠す情報と引き換えに、盗賊の人さらいに手を貸しておったとはな」
 
と、現れる人影二つ。
待ってましたとばかりに揚幕がシャリーンと上がり花道を颯爽と登場するは、そう!
非人の従者狛亥丸を従えたる謎の貴人、祓魔師蝦夷穢麻呂!
 
穢麻呂「恥を知れい。悪黄門、蘇我有鹿」
 
シンプルストーリー、いよいよ大山場でございます!
 
(つづく)

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