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DIVA 2/3 【豆島圭さまのための小説】

 左手で持ったスマホの画面を親指でスクロールする。noteという媒体で、豆島圭さんの小説を読みながら、私は出番を待っている。言葉を追っていないと、この非常事態に耐えられない。商業出版され、書店に並ぶ本もいいが、noteでは、書き手の生の声を直接拾える。読書なしでは生きていけない人間としては、作者のあとがきや、コメント欄でのやりとりが、欠かせない活力源となっている。

 豆島さんの小説には、人間のありのままの姿が描かれているから、好きだ。見てはいけないものを目にしてしまったかのような感覚に陥る。決して気取らない、徹底的なリアリティだ。豆島さんが紡ぐ人間たちは、皆、体温を持ち、酸素を吸って、生温かい二酸化炭素を吐き、動く。安易なきれいごとには、決して堕落しない。本番前の今、自分を落ち着かせるために、何度も、同じ文面を追う。

「お前は悪ぐねぇ」

 目で追っていた文字を、声に出して、呟いてみる。
 本当だろうか。
 本当に、私は悪くないのだろうか。

はやて

 呟いて、天井を見上げる。泣いてしまいそうだ。

 世界的ジャズ・シンガーのエルが、失踪した。補欠だった私は、急遽、当日に代役を務めることになった。

「あのエルの代役、なんて」

 楽屋の天井を睨み、目線を、壁一面の鏡に移す。腰まである銀髪に、強調された目元、赤い唇。黒いミニドレスに、黒いヒール。

 何をどう狂ったのか。オーナーは、このギャル姿のままでステージに立つようにと、私に告げ、ひらりと手を振って、早々に楽屋から去ってしまった。

「この格好のままで、かあ」

 ため息をつく。

 思えば、私はずっと昔から、いつも補欠だった。小学校の運動会では、毎年リレーの選手の補欠だったし、バレエ教室では、発表会の主役の子が潰れたときのための補欠だった。歌手を目指してはいるけれど、いつも、前座、前座、前座だ。

 その補欠人生に、今夜、革命が起きようとしている。私が、実際に欠けた人を補うことになるなんて。

 私は、いつか日の目を見る瞬間を、いつも想像していた。主役になれる瞬間を。その瞬間のために、自分を信じて、積み重ねてきたことがある。今こそ、努力を結実させなくてはいけない。

 もう一度、スマホの画面に目を落す。
 もう、何十回読んだだろう。読むたびに、新鮮な感覚が、私の血管の枝先にまで広がる。

 颯は、死んだ。
 穢い大人たちと、群れをなした子供たち、そして、あまりにも鈍感な私のせいで。

 その颯のことを、歌おうと決めた。神様は、そんな私を許してくれないかもしれないけれど。

「あたし地獄におちる?」

 鏡の中で呟く私自身と目が合う。目は据わっている。
 やれるよね。やるよ?

<3/3に続く>

この小説は、私設企画【あなたのための短編小説、書きます】第3期、豆島圭さまのための小説です。

豆島さまから、お題「補欠」を頂きました。

本作は、3話からなる短編の2話目となります。
途中、豆島さまの作品「断たれた指の記憶」からの台詞の引用を含みます。


突如主役になれるチャンスが巡ってきた、歌手のそう
今は死んでしまった、はやてのために歌うことを決めます。
奏と颯はどのような関係なのか。
決意した奏は、どのような音楽で勝負を挑むのか。

豆島さま、もしよろしければ、続きの最終話をご一読くださいませ。

第一話は、こちらです↓


過去に書いた、【あなたのための小説】はこちらです↓


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