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虚構 その12

「愛美、物理また赤点ギリギリだったの?」 昴に呆れられながら、また叱られた。 「だって、仕方ないじゃんっ! 昴みたいに理系科目得意じゃないもん」 昴のクールな瞳が、ぼくの瞳に向かってほんの数ミリ瞳孔が開くように見えた。 「愛美、来年受験なのにふらふらしてていいの?」 「共テで併願するんだったら文系科目だけじゃなくて、ちゃんと最低限理系科目も抑えないと厳しんじゃないの?」 矢継ぎ早に諭されている自分が恥ずかしくなってくる。昴の美しい瞳を眺めていたいのに、ぼくはさっき

    • 虚構 その11

      「おい、イマムラァ〜ッ」 「…おはようございます」 「お前 今日は階段下で待機してる派遣連れて4人でニコンパス移転だな?」 野村さんは、いつも この調子で粗雑でぶっきらぼうな口調だ。 今日は担当地区の配達ではなく臨時で事務所移転のヘルプに向かうことになっている。 ようやく朝日が昇りはじめた空の色は、まだ夜の余韻を残したまま上澄みだけが紫色のままだ。 着替えを済ませ事務所階段の下で待っている派遣のふたりに声をかける。 「おはようございます。 派遣さん、今日はニコン

      • 虚構 その10

        深夜一時を過ぎ わたしはクリーム色の湯船に張った自分の体温よりもすこしだけ高いお湯に浸かりながら最近のことを静かに反芻していた。 "この前話していた印象派の展覧会が今月末まで星川美術館でやってるんですけれど、 良かったら今度のお休みに一緒に出掛けませんか?" なんだか"及ちゃん"のお店に行ってから福山さんと休日にふたりきりでどこかへ出掛けたくなっている。 誰かを好きになったり愛をみせたいと感じる時 好きな理由であったり、そういう意味を探す必要なんてあるのかな? 今、何

        • 虚構 その9

          「長瀬さん、今日は早番だよね?」 「そうですよ!」 「僕も今日は早めに切り上げられそうなんだけれど…良かったらこの後…呑みに行かない?」 今日はめずらしく福山さんから"呑み"に誘われた。 "いいですよっ!"と、ふたつ返事をしてからカードキーを裏口のリーダーにかざし友ヶ丘駅の方へと並んで歩く。 今日一日の仕事を終えた人や買い物客たちで賑わうロータリーあたりを歩きながら、誰であるかは伏せて、この前"珈論琲亞"でふと考えていたアイミーの事についてすこし話していた。 「そ

        虚構 その12

          虚構 その8

          わたしは、早番を終えて駅前の商店街をあるいた。 商店街と大通りの交差点を右に曲がると、真鍮の把手に手をかけて木製のガラス扉を押していた。 アイロンの掛けられたパリッとした白いシャツと黒いエプロンに身を包んだマスターは今日も水出しのドリッパーから、ゆっくりと視線をこちらに向けて 「いらっしゃい」 「こんばんは。」 「お決まりになったら、お声掛けてください」 とだけ言葉をわたしに言って、常連のお客さんの注文したコーヒーを血管が浮き出て皺の深く刻まれた手で運んでいった。

          虚構 その8

          虚構 その7

          僕は今、ひとり帰りの電車に揺られ今日も儚げに映るマンションや家々にともる灯りひとつひとつを車窓越しに眺めている。 ゆっくり加速するこの電車が、 レールとレールの繋ぎ目を通過してゆくごとに響かせる"カタン・コトン"という軽やかで落ち着いた音色とともに、学生時代に一度だけ友人の家で観せてもらったコンサート映像の中でセロニアス・モンクが演奏していたLulu's back in townのピアノの旋律が、頭の中で反復しはじめ僕は"今日一日"を反芻した。 ----- 僕と長瀬さん

          虚構 その7

          虚構 その6

          表に「未決」と書かれ色褪せた黒い紙製のレタートナーには、市の広報誌や当館での"撮影使用許可書"などとともに若草色の表紙の稟議書が山積みになっている。 "ヤング・コーナー滞在児童の今後の対応ならびに管理方法について" そう表題が印字され中岡主査までの印鑑が押印されたその稟議書を手に取り表紙をめくった。 ー記ー 起案日:令和5年8月28日  起案者: 五十嵐 佳奈子 概略:当館ヤング・コーナーにおける利用者間の公平性を期すため、次項以下に記す各利用者層のカウンター滞在

          虚構 その6

          虚構 その5

          「長瀬くん?君ねぇ、私がここへ着任してからも君は何度か注意を受けているはずだよ?ここは学童でも児童館でもなく、あくまでも図書館なんだ。入職時の最初の座学は覚えているかね?」 「は、はい…」 「改めて私から伝えるが、ここは街の書店ではないんだ。運営主体は確かに10年前に公財化されたが、あくまで今もって変わらず財源は住民の皆さまが納めた税によって運営されている公立図書館であるわけだ。倫理綱領の"利用者に対する責任"を君も覚えているだろう?」 「もちろん、覚えています!」

          虚構 その5

          虚構 その4…カァートォッ!

          今回の登場人物: ・リクオ →書き手?監督?(以下:リ) ・川嶋 隆志(カワシマ タカシ) →フリーター(以下:隆) ・桜井 千智(サクライ チサト) →チーフ・アシスタント・ディレクター(以下:千) ・枚岡 龍太郎(ヒラオカ リュウタロウ) →次回ロケ地の友ヶ丘図書館長(以下:枚) ・岡田 圭史(オカダケイシ) →音声(以下:岡) ・塚本 拓也(ツカモト タクヤ) →ライティング(以下:塚) 【・今村 耕平(イマムラ コウヘイ) →前回の南農運輸の配達員さん】 ---

          虚構 その4…カァートォッ!

          虚構 その3

          配達先のインターホンを押すと微細なノイズとともに、受取人であるその相手がどういう容貌であるか私には何も分からないまま「あ、玄関先に置いといて下さい」とだけ告げられ、ガチャンと通話を断ち切る音がエントランスに響いた。 午前中だけで既に10件以上は同じような感じだがさすがにもう慣れてきた。世界中で起こった感染症の流行以降主流になった配送物の受け取り方だ。 …アレントは、70年近くも前に自身が打ち立てたその著書を通じて「自らも」現れて"公的領域に現れる"というその意義を政治概念を

          虚構 その3

          虚構 その2

          1DKの部屋でベッドとテレビの間に置いてある小さな折りたたみ式の白いテーブル。 その上に朝から置いたままにしている節約のために久しぶりに買った印象派の画家のファミリーネームと同じ名前のアイシャドウとともに、いつもわたしは疲れ切っている。 もう4日も溜めている洗濯物は、100均で買った麻のカゴの中で耐えきれずに溢れかえったままだ。 小学生の頃はまだハッキリと自覚していなかったけれど、中学生になって他クラスの陽菜とサッカー部の多田先輩が一緒に繁華街にあるカラオケに入るところを

          虚構 その2

          虚構 その1

          日の落ち切った後も絶えずアスファルトの表面に排ガスを撒き散らされ疲れ切っている通りを、俺は職場へ向かうため自転車を走らせている。 毎夜、目に入るものは、いつ投げ捨てられたのかすら分からぬほどに朽ちつつある、何処かから仕入れられた食材が、工場で加工されて出荷され、コンビニの棚に陳列され、それを誰かが買って食って、そいつの空腹を満たしたであろう食べ物の入っていたプラスチック容器と、退屈しのぎで誰かが吸い切ったであろう煙草の空き箱、そして時々車に身体を轢かれズタズタに引き裂かれたネ

          虚構 その1

          タイムレスサウンドの故郷BEARSVILLEへの旅路

          以前 ある時期労働していたレコード屋さんで書かせてもらったコラムの下書きをG〇〇LE DRIVE整理中に発見したので…放流させて下さい。 (…そして、 フィジカルの書類も整理していて気付きましたが… 未だ社員証を返却していませんでした… これから以下の駄文を お読みになっていただく元同僚並びに上司諸氏 各位 この私の怠惰具合… お許しいただけますと幸いです。 早めにご返却致します。) 以下、コラムの下書き(加筆済みの…)です。 ↓ ↓ ---------------

          タイムレスサウンドの故郷BEARSVILLEへの旅路

          道端に打ち捨てられた空き缶に似た感情

          道端に打ち捨てられた 暴力にも似た空き缶の感情 今日だけは どうしても 見逃してほしいと願っていても またしても自販機やウーバー・イーツ コンビニやファストフードに操られる キミやボク 目も合わせず 言葉も交わせず ただ機械的な会話たちだけが 氾濫するこの世の中なのか? 人間性とはなんだろう? LGBTQとかSDGsとか "なんちゃら・らいぶす・またー" とか なのか? そんな「概念たち」は  一律に 「高尚な人間」のおもちゃ お高く止まって本質も自分も省みずに 自分の

          道端に打ち捨てられた空き缶に似た感情

          地 元 (或るきみの街角で)

          地元を ずっと 好きになれなかったのですが ちょっとした買い物をした時 少しだけ歩いた この街を 愛おしく思えるようになりました そんな "僕の街" に 捧げようと思った詩 みんな  んな またね (…だいぶと回復の道が見えてきた‼︎…) 2023.2.3

          地 元 (或るきみの街角で)

          それは突然でした

          ※"かなり"センシティブな描写が出てきます! 血やそういうのがダメな方は絶対にお読みにならない方が良いです…。 2023年1月23日、お昼過ぎ。 冬ではあるが春を予感させる柔らかな陽光を 背中に感じつつ、ぼくは翔平というギタリストの家に向かって自転車を漕いでいました。 翔平宅に着いてからは、 音楽やその他のたわいのない会話をしつつ コウ・ケンテツのレシピで翔平がお好み焼きを作ってくれたので食べました。 (…薄生地と春キャベツの相性が良すぎて、 めちゃ美味かった笑… 危う

          それは突然でした