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男子高校生、振り込め詐欺に遭う。

睡眠欲、食欲、そして性欲。
いわゆる三大欲求が最も高まる時期は、10代後半ではないだろうか。

僕の高校時代なんかは、休日は昼まで惰眠を貪ったり、一食でご飯どんぶり2杯を余裕で平らげたり、携帯電話でAなVを視聴したりと、欲求たちが三国志のごとく暴れまわっていた。

こと10代時分の性欲に関しては、新たな世界を見つけたかのような感動が少なからずあり、毎晩のように部屋にこもっては鼻の下を伸ばしていた。

一方で、その行為を恥ずかしく思っていたのも確かであり、誰かにバレてしまうことを異常なまでに恐れていた。

そのため、携帯電話の予測変換で卑猥なワードが露骨に表示されないよう、「アダプター」「レトルト」と入力して「プター」と「レト」を削除、「巨人」「牛乳」と入力して「人」と「牛」を削除、などという小細工を仕掛けたものである。

当時は検索履歴という概念が頭の中になかったので、誰にも履歴を見られずに済んで本当に良かった、と今になって思う。


しかし、そんな純粋で幼気で陰険でムッツリな男子高校生の弱みに付けこみ、悪事を働く不届き者がいた。



高校3年の春休みだったか。

晴れた日の昼下がり、ベッドの上に寝転びながらいつものようにアダでルトなサイトを巡回していると、目を引くパッケージが。

整った顔立ちにあでやかな表情、出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んでるグラマラスなボディに、きわどいコスチューム。そのビジュアルは、うぶな少年を誘惑するのに十分すぎるほどだった。

正の走光性を持つ昆虫のように、僕はホイホイとサイトに入った。

サイト内のメッセージボックスが表示され、その中には1通のメッセージがすでに届いていた。
メッセージを確認すると、こんなことが書いてあった。

ご登録ありがとうございます。
お客様の支払いが確認できておりません。早急に登録料5,000円を下記口座にお振り込みください。

今ならこれが振り込め詐欺だとわかるのだが、まだ年端も行かぬ無知な高校生は震え上がるしかない。
狼狽えていると、さらに追い討ちをかけるようなメッセージが届いた。

本日中の入金がご確認できなければ、当社の顧問弁護士を通して法的措置を取らせていただきます。








やっべええええええええええ!!!!!



うわー! どうしよどうしよ! 僕、逮捕されちゃう!
新聞に載っちゃうのかな? 「男子高校生、アダルトサイトを不正使用で逮捕」みたいな見出しが出ちゃうのかな? 死んだ魚の目をしたみすぼらしい写真を撮られ、容疑者として顔を晒されちゃうのかな?

誰かに相談できれば良かったのだが、ムッツリな僕には無理だった。笑われ、貶され、未来永劫バカにされることになるからだ。

僕は一人考えた。自分がとるべき最善の行動を。

そして、一つの答えに辿り着いた。


「今から5,000円を振り込もう!」



外に出ると、晴れてはいたが風は冷たかった。
雪がまだ少し積もっているので、自転車は危険だ。時間はかかるが、徒歩で行くしかない。

両親は仕事で不在、きょうだいも外出していたので、誰にも訝しがられることなく足早に銀行へ向かった。

その手には、お年玉でもらった五千円札がある。緊張でガッチガチの少年に握りしめられて、新渡戸稲造もさぞ迷惑だったことだろう。

高校生にとって5,000円は大金である。そのお金があればゲームソフトの一つでも買うことができたろうに、なんだってアダルトサイトの登録料に充てなければならんのだ。しかし、事を穏便に済ませるにはこれしか方法がないのも事実である。



銀行に到着した。
当然窓口は避け、ATMへ直行する。

実は、ATMはこのとき初めて使った。母が利用しているところは何度か見たことがあったが、実際にお金を出し入れしたことはない。

ATMから発せられる「いらっしゃいませ」という電子ボイスを聞き流し、僕は携帯電話を取り出した。
そして、振り込み先の口座情報を確認し、タッチパネルをペコペコと打ち込んだ。

これですべてが終わるなら、5,000円くらい安いものだ。
そう思ったのも束の間、僕はまたしてもピンチに陥る。








ふりこみてすうりょう…?



僕は知らなかった。振り込みをするには手数料が必要だということを。

あいにく、手元には五千円札しかない。余計な荷物は持ちたくないという性分が仇となってしまった。
しかも、時刻は午後2時を過ぎているので、このタイミングを逃すと今日中に振り込むことができなくなってしまう。

なんというミスだろう。僕は途方に暮れてしまった。左手の中でくちゃくちゃになった稲造も、心なしかしょぼくれているように見える。

いや、落ち込んでいる場合ではない。一刻も早く家に戻らなくては。そして、手数料分のお金を持って、再度ここへ来なくては。



汗だくになりながら、往路の倍のスピードで家に戻る。今だけは競歩で世界記録を出せそうな気がしたが、そんなことよりも今後の前科なし人生の方が重要である。

家に戻るや否や財布を引っ張り出し、玄関で息を整えて、汗は拭かないまま再び銀行へ向かった。


30分ぶり2回目の銀行だ。

今度こそと、もみくちゃの稲造に別れを告げ、いくつかの小銭とともにATMに放り込む。
ここでようやく、人生初の振り込みが完了した。

銀行の自動ドアをくぐると、どこからともなく「Get Wild」が流れてきた気がした。僕はひとりでも傷ついた夢をとりもどしたのだ。

そして、冴羽獠よろしく帰路に就いた。



この経験から学んだことは3つある。

一つ目は、むやみにアダルトサイトにアクセスすると、振り込め詐欺に遭遇すること。

二つ目は、銀行の振り込みには手数料がかかること。

そして三つ目は、高校時代の貴重な5,000円と引き換えに笑い話が作れることだ。


加えて、この世から振り込め詐欺が滅ぶことを、切実に願うばかりである。






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