見出し画像

「ヘビもトカゲもありません」

耳の聞こえが悪い人にとって、“なにかを話していることはわかるが、なにを話しているかはわからない”ということはあるあるだと思う。

新卒1年目で真珠腫性中耳炎と診断された僕は、すぐに手術を受けることになり、10日間ほど入院した。また、その一年後に再手術を受け、またしても数日間の入院を経験した。

手術により病気の進行は防いだものの、術後も人一倍耳が悪い。
なにか話しかけられて、あいまいな返事をして、はたして会話が全然噛み合っていなかった、なんてことはザラにある。

ひどいときは、上司が呼んでいるにもかかわらず、ガン無視をしていたことがあったらしい。当の本人は聞こえていないのでなんとも思わないが、呼びかけている上司、というかむしろ周囲の人たちは、ヒヤヒヤしながら様子を見ていたようだ。聞こえていないとはいえ、今考えると大したふてぶてしさである。

そのような経歴から、「都合の悪いことには聞こえないフリをするアルロン」という実に不名誉な称号を欲しいままにしていた。いや、全然欲しくないのだが。


耳の聞こえが悪いのは、幼少時からずっとだ。

母によれば乳幼児期にも中耳炎を患っていたようだし、物心ついた頃から中学生くらいまで耳鼻科に通っていた記憶もある。
耳の中にへばりついた耳くそを剥がすと、冗談抜きで2cmという大物が獲れたこともあった。

ちなみに、聴覚障害の認定を受けるほどのレベルではないので、身体障害者手帳は持っていない。
が、会話に若干の支障をきたすくらい、僕は難聴者として生きてきた。


ただ、自分でいうのもなんだが、頭は悪くなかったと思う。
幼稚園児のときに自分のフルネームを漢字で書けたし、あれこれ考えるのは今でも好きな方だ。

だから、難聴でもなんとなく理解することはできたのかもしれない。

しかし、すべて“なんとなく”で上手くいくなんて、そうは問屋が卸さない。
幼き頃の可愛らしいミスといえば聞こえは良いが、本人にとっては赤っ恥な思い出がある。



僕が4歳か5歳くらいの頃、2つ上の姉と遊んでいるときのことだった。

姉は本かなにかで覚えた簡単な手品を披露しようとしている。弟である僕は、それをまじまじと見ている。

姉が、ドヤ顔で口上を決めた。


「~~も~かけもありません」


その後、姉は輪ゴムが消える手品かなにかをしたと思うのだが、僕は冒頭で聞き取れなかった口上の内容が気になって、手品をまったく見ていなかった。

彼女はなんといったのだろう?


そこで少年は推理を始める。

まず、現時点でわかっているのは、なにか2つのものを挙げているということ。
そして、最初のものは2文字、もう一つが3文字ということ。

これだけでは、まだ真実にたどり着くことはできない。

確か3文字の方は「~かけ」だか「〜かげ」だかいっていたような。
後ろに「かけ」ないし「かげ」のつく3文字の言葉か…。
かけ、かげ、かけ、かげ…


トカゲ。


おお! 「トカゲ」だ! 「トカゲ」に間違いない!

ということは、最初の2文字もトカゲに近いニュアンスの言葉になるはずだ。
トカゲに似た、2文字の生き物といえば…


ヘビ。


僕は天才か? 我ながら名推理と認めざるを得ない。答えは「ヘビもトカゲもありません」だ!

工藤新一もびっくりの推理力。当時はまだアニメ化されていないはずだが、このとき僕の脳内では名探偵コナン・メインテーマが流れた。大野克夫もきっと喜んでいることだろう。


数日後、今度は僕がマジックショーを開催する運びとなった。
しかも、姉だけでなく他の親族も招待したことにより、オーディエンスの期待は最高潮。
まぁ、正月の集まりかなにかだったと思うのだが。

自信満々で登場し、姉に負けず劣らずのドヤ顔で、僕は例の決め台詞を発した。


「ヘビもトカゲもありません」


会場はドッカンドッカン。手品はもはや蚊帳の外、親族たちは僕の名言(迷言?)にひたすら笑い転げた。



一応発表しておくと、正解は「タネも仕掛けもありません」である。

姉が消した輪ゴムのようにこの記憶も消してしまいたいが、間違ったなりにいろいろ考え推理したことは褒めてほしいとも思う。
なんとも複雑な思い出である。




#創作大賞2024
#エッセイ部門
#66日ライラン

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

なんと アルロンが おきあがり サポートを してほしそうに こちらをみている! サポートを してあげますか?