人工の冬

この本は、かなり読む人を選ぶのではないだろうか。しかし、私はかなり気に入ったので是が非でも紹介したい。

アナイス・ニンは赤裸々な表現が話題となった日記文学で脚光を浴びた、女流作家である。性愛文学といっても昔の人なので、それこそ源氏物語レベルであるので、全くもってスキャンダラスではない。

この本にはバイセクシャルを含む三角関係を描いた「ジューナ」、あまりに優雅で身勝手な父とその娘(作者本人)との恋愛を描いた「リリス」、そして作者自身の精神分析の経験から着想した「声」の三編が含まれる。

私が気に入っているのはもちろん「リリス」である。子供の頃、ふと姿をくらましてしまう完璧すぎる父、その面影を追い続ける娘。美しく育った後再会し二人は恋人となるが。。。
この美しい小説はおそらく実話をベースに書かれたものであろう。そして、作者は「充分に成長した」女性であろう。彼女は小説家であるから、父と娘の再会の物語を美しく描き出す。しかしそれが必ずしも絶対的な真実ではなく,虚構であることが読者にはこっそり明かされる。娘はこれまで父親だけを愛していたのではない。父親の「完璧さ」は弱さのカモフラージュであり、娘はそれに気づかない振りをしている。神のごとく父親を崇拝する娘、崇拝者であることを強要する父、しかし娘は父がもはや、神ではないことを見抜いている。娘は父親を愛していると同時に、出し抜こうとしている。人は、必ずしも一時に一つのことだけを考えているわけではなく、並行して複数のことを、時には矛盾したことまで考えうる。
三角関係の,本来ならば恋敵に当たる女に感情移入してしまうジューナ。精神分析医という「声」の権威は愛せても、弱気で頼りない人間としての「声」は愛せないリリス。

通常、だいたい小説というものは客観的な事象に関する記述や、会話文、そして登場人物の情景描写からなりたっている。アナイスの作品の特徴は前者2つが極端に少ない。その上,情景描写も一人称(おそらくアナイス自身だ)で書かれるため、状況を把握するのに大変苦労する。だが込み入った人間の感情を文章で表現する上で最も肉迫した表現方法であろう。

私のあらすじに興味を持った方は、きっと、アナイスと同化出来ると思う。ご一読ください。

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