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30分の演劇台本「ななしのおはなし ~ネブカドネザルの船~」

こちらの作品は2020年8月に
劇的集団転機与砲の作品発表会にて上演された作品です。

ジャンル:SF

登場人物:女性3人

上演時間:約30分

※上演される際は、「作:月邑弥生(劇的集団転機与砲)」のクレジットをお願いいたします。
※上演許可の問い合わせは不要です。もしご連絡いただけましたらnoteまたはTwitterにて情報告知のお手伝いをさせていただきます。

***

「ななしのおはなし ~ネブカドネザルの船~」

母が私に教えてくれ給いし歌が流れ始める。朝を告げるアラームらしい。

男ナレ「オハヨウゴザイマス。本日は西暦2万31年、12月23日、グリニッジ標準時午前7時丁度をお知らせいたします。」

無機質な祈りの言葉の間に次々と舞台袖から無個性な服を着た女性たちが現れる。

女3「おはようございます」
女2「おはようございます」
女1「おはようございます」

男ナレ「朝食の時間です」

女達、用意されたトレーを手に、舞台中央の机に座って食事を始める。

男ナレ「父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事を頂きます。ここに用意されたものを祝福し私たちの心と体を支える糧として下さい。わたしたちの主、イエス・キリストによって。アーメン。」

トレーに用意されたキューブを黙々と食べる。カロリーメイトとかの簡素なキューブ食。

女1「ねえ、ねえ」
女2「なに」
女1「この、私達の主、ってなんだろう」
女3「学習プログラムにあったでしょう」
女1「あったけど、どうしてこのイエスってヒトが偉いのかわからなかった。…少なくとも、昔は数百数千の教えがあったわけでしょう?」
女2「なら数百数千の開祖の名前を唱えてから食べたらいいんじゃない?」
女3「疑問に思ったあなただけはそうしてください」
女1「……いただきます」
女3「合理的な判断です。それでこそ、人類の鏡です」

女たち、黙々と食事を済ませてトレーを位置に戻す。戻すと同時に、ナレが鳴る。

男ナレ「父よ、感謝のうちにこの食事を終わります。あなたのいつくしみを忘れず、すべての人類の幸せを祈りながら。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン」

女3「では、本日のミーティングをします」
女ふたり「はい」
女3「あなた」
女1「はい」
女3「あなたは、学習プログラムの履修を命じます。より合理的な判断を下す為、論理学を履修してください」
女1「えぇっ!」
女3「朝の食事を1分15秒遅らせた代償です。返事は」
女1「はぁぃ…」
女3「あなた」
女2「はい?」
女3「あなたは、植物プラントのメンテナンスをお願いします。食事キューブの味が落ちていました。原料になる大豆・小麦・りんごの点検をお願いします」
女2「あなたは?」
女3「私は前回と引き続き、生殖プラントの不具合を調査します。このままでは、どうにもなりませんから」
女2「機能しそうですか?」
女3「現時点では不明です。一刻も早く原因を調べる必要があります」
女1「生殖プラント……」

女1、照れたような表情。

女2「……さては、人類発生学のプログラムを履修したかな?」
女1「あ、あの……生殖プラントで子供が生まれるってことは、えっと……つまり、あの中であれがああなってるんですか?」
女3「細胞レベルでは同じ事が置きていますが、実際にそのような行為は行われていません。あなた方は、私達以外の人類を見たことがありますか?」
女1「いえ、ないです」
女3「つまりそういうことです。無駄なおしゃべりはやめて作業に取り掛かりましょう。それでは、ごきげんよう」
女ふたり「ごきげんよう」

女1「ねえねえ」
女2「なに?」
女1「なんで生殖プラントが止まると大変なの?」
女2「勉強不足じゃない? 宇宙開拓史の学習プログラムも進めたら?」
女1「うーん……わかった。じゃあ、そっちも少しやってみる」
女2「じゃあ、行くね。それでは、ごきげんよう」
女1「ごきげんよう」

女1、舞台の真ん中でヘッドフォンをつける。男ナレが始まる。

男ナレ「論理学とは、伝統的には哲学の一分野である。 数学的演算の導入により、数理論理学(記号論理学)という分野が」

女1「……」

首をかしげて、チャンネルを変える。

女ナレ「宇宙開拓史 第一章。西暦1万2021年、ヒトは新たなる星を求め、母なる星・地球を旅立ちました。宇宙船・ネブカドネザルはケプラー1649C……通称・第2の地球を目指して航行中です。ネブカドネザルには、人類が新たな星にたどり着く間、種としての生命活動を維持するため、最新鋭の施設が装備されています。植物プラント・居住プラント・社会活動プラント。そして、人類を生み出す生殖プラント。ネブカドネザルの乗員は、すべてのプラントを維持・発展させる義務を負います。何故なら、新たな地球に降り立つことが我々ヒトの希望となりうるのです。では、ここからは宇宙航行を支える、各技術についての解説を……」

女1、再生を止める。

女1「なんでヒトは、こうまでして新しい星に行きたいって思ったのかなぁー……」

女、ヘッドフォンを置く。
窓際に腰掛け、代わり映えのしない宇宙空間を見つめている。

女の唇から、母が私に教えてくれ給いし歌。鼻歌。

女1「母、って、なんだろう」

女1、ヘッドフォンをかぶる。

男ナレ「母。1 親のうち、女性のほう。実母・義母・継母の総称。母親。おんなおや。2 物事を生み出す根源。『母なる大地』『必要は発明の母』」

女1「物事を生み出す根源……」

女1「じゃあ、私の母は、プラント……たしか、機械のこと、だよね。そういえば、歌を教えてくれるのもこの機械だし。そっか。私は機械の子供なんだ」

女1「なんだろう。胸がもやもやする」

女1、机に突っ伏してしまう。
女3、通りかかる。

女3「あなた。あなた! どうしたの、気分でも悪いんですか!?」
女1「えっ?」
女3「どこが悪いの。頭がいたい? お腹が痛い? 背中が痛い? それとも、めまいがする? 気持ち悪い? 吐きそう?」
女1「えっと、わかんない。なんだか、ここがぎゅってする」
女3「すぐに休みなさい」
女1「ねえお願い」
女3「何ですか」
女1「歌って」
女3「何を」
女1「朝の歌」
女3「バカなことを」
女1「お願い。手を握って、歌って。そしてらよくなると思う。多分」
女3「手を握って、歌うんですか?」
女1「うん」
女3「今回限りですよ」

女3、女1をいたわるように

♪母がわたしにこの歌を 教えてくれた 昔の日  母は涙を 浮かべていた

女3「どうですか?」
女1「少し楽になったかも。ねえ」
女3「なんですか」
女1「貴方は、私の母になってくれる?」
女3「なれません。ネブカドネザルでは、すべての乗務員が平等です。それに、あなたにも私にも母はいます」
女1「えっ、誰?!」
女3「地球です。母なる星・地球という言葉を何度も聞いたでしょう」
女1「ちがうの。そうじゃなくて私は」
女3「困らせないでください。不安定な精神は仕事に響きます」
女1「ごめんなさい」
女3「私は持ち場に戻ります。今日はこのまま休みなさい。もしあなたになにかあったら、困ります」
女1「どうして」
女3「……労働力が33%削減されるからです。わかるでしょう。こんな単純な計算」
女1「そっか……。そうだね。じゃあ、休むことにする」
女3「念の為、社会活動プラントで休んでください。自室には戻らないように。何かあったときに発見が遅れますから」
女1「わかった」
女3「それでは、ごきげんよう」
女1「ごきげんよう」

女1、舞台袖からブランケット・羽織・毛布(ふわふわしたもの)を持ってくる。それに包まって、窓から宇宙をしばらく見ている。
女2マグカップを2つ持ってくる。

女2「これ、よかったら飲んで」
女1「ありがとう。どうしたの。植物プラントの仕事は」
女2「終わったよ。彼女が、あなたにソイミルクをって。具合悪いの?」
女1「具合が悪いっていうか、なんだか変で」
女2「変?」
女1「ねえ、あなたは母ってなんだと思う」
女2「母? 母ねぇ」
女1「知らない? 母」
女2「ううん。知ってるわ。でもそんなことを知ってどうしようっていうの?」
女1「なんとなく。母って何なんだろうって思って。あなたはどう思ってるの? 彼女は、地球が母だって言ってたんだけど」
女2「私は彼女を母だと思ってるよ」
女1「えっ……嫌だって言われなかった?」
女2「言われたよ。だから、求めない。だけど、そう思うのは、私の勝手。それなら問題ないでしょ?」
女1「そういうもの、なのかな」
女2「飲みなよ。冷めちゃうよ」
女1「ありがとう」

女二人、マグカップで飲み物を飲む。
ネズミの鳴き声。

女1「!」
女2「でた?」
女1「あそこ! あそこ!」

女2、舞台袖に行き、ネズミを捕まえようとする。

女2「そっち行った!」
女1「やだやだやだやだ、なんでなんで!」
女2「じっとして。ブランケットの中に逃げ込んだ」
女1「やだぁ。もうやだぁ~!」
女2「じっとしてて」
女1「やだ、動いた!」
女2「捕まえた!」


女2、両手で隠すようにねずみを捕まえる。

女2「もう大丈夫。ほら、ここにいる」
女1「もうやだ。なんでこんな生き物がいるんだろう。食べ物にもならないのに」
女2「でも、可愛い顔してるよ」
女1「なんで昔のヒトは、こんな生き物を船にいれたんだろう。気持ち悪い。信じられない」

女2「…………」
女1「どうしたの?」

女2「生殖プラント、一緒に見に行かない?」
女1「え?」
女2「知りたくない? まだ見たことないんでしょ?」
女1「見たことないけど、でも」
女2「怖いの? 妹なら仕方ないかな?」
女1「なによ! 偉そうに。怖くなんか――!」
女2「じゃあ、行こう?」
女1「なんで、今?」
女2「なんとなく。そうしたほうがいいと思って」

女2「行こうよ。一緒に」
女1「……わかった」

女1、恐る恐る女2の手をとる。
中央机だけ残して場転

女3「また、初期胚の形成に失敗してる」
女3「……どうして……」

女3、注射器のような器具で、腹を刺す。
苦しみながら、ポンプを抜く。

女3「……」

もう一度、刺そうとするところに女1・女2が現れる。

女1「やめて!!」
女3「どうしてここに! 立ち入り許可をだした覚えはありません。退出しなさい!」
女1「そんなのどうだっていい! なんで体を傷つけるの!! なんで、なんでこんなことしてるの! わたし、あなたのそんな姿を見たくない!!」

女1、注射を取り上げる。女2、傍観している。
しばしの沈黙。

女3「あなたが連れてきたんですか」
女2「うん」
女3「どうして」
女2「知ったほうがいいと思ったから。わたしたち全員が」
女3「まだ、この子に知らせる必要はありません」
女2「でも、もう、だめなんでしょ。生殖プラント」
女3「……」
女2「もうたった3個体しかいない。これじゃ保たないよね?」
女1「何? どういうこと? あなたは何か、知ってるの?」
女3「半年前に生まれたばかりのこの子に、話すべきだと言うのですか。あなたは」
女2「むしろ、遅いよ。私達の寿命は3年しかないのに」
女1「え……?」
女2「人類発生学のプログラムが終わったならわかるでしょ。人類は卵と始原細胞で発生すること。それがかつては、【男】と【女】という生物の組み合わせでできたこと」
女1「それは、うん」
女2「じゃあ、どうしてこの船には【女】しかいないって考えなかったの?」
女1「え……?」
女2「男の痕跡があるのは、朝のアナウンスだけ。でも今、この船には女しかない。今だけじゃない。ずっと、【女】しかいない。」
女1「じゃ、じゃあ【男】は?」
女2「これ」

女、ポケットの中からねずみを取り出す。
女1、短い悲鳴を上げる。

女1「これ、が、私達の【男】?」
女2「そう。この生き物は殺しちゃいけないの。これが種の多様性に貢献してるから。その証拠が、私達」
女1「わたしと、あなた?」
女2「そう。わたしとあなたは、彼女から生まれた。でも、性格も容姿も違う。なぜなら、使ったこれが違うから」
女1「そ、ん、な……」

女3「もう少し、言葉を選んでください。傷ついています」
女2「そうやっていつも甘やかすから、この子はまだ理解できないんだよ。私達が一体何者なのか。どうやって生まれたのか。どうやって死んでいくのか。なんのために生きているのか。それはこの子にとっても、あなたと私にとっても、不幸で不合理なことだと、思わない?」
女3「そういうことは、もっと時間をかけて説明するべきだと私は言っているのです!」
女2「時間? あなたにはもう、時間が残ってないのに?」
女3「それは!」
女2「こうやって教えなきゃ、誰が、いつ教えるの。あなたが死んだあとに、何もわからないこの子に、1から教えるの? 私が? 貴方の責任をとって、私がこの子に教えるの? 全部を!?」

女1「やめてよ!!!」

女1「何が起きてるのか、私にはわからない。あなたたちがなぜ、こんな口論をしてるのかもわかんない。なにもかも、全部、わかんない。でも、嫌! これだけはわかる。お願い。喧嘩しないで!!」

女2「……言い過ぎたね。ごめん」
女3「わかってます。あなたが心配してくれていることは」

女2「生殖プラントは私が引き継ぐ。適齢期はきてるし」
女3「まだ私ができます! こんな、こんな辛いことをさせるわけには!」
女2「なーにいってるの? 若いほうが確率が高いって、あなたが教えてくれたのよ?」
女3「そうです。そうですが、でも」

女1「こんどは、あなたがこれでお腹を刺すの? なんで、そんなことしなくちゃいけないの? いやだよ。体をきずつけないで。お願い!」

女2「説明してあげてよ。それが、あなたの責任でしょう?」

女3「……。あなたもいずれ、やることなのです」
女1「わたし、も?」
女3「ええ。それが、この船に乗った【私達】に課された運命なのです」
女1「なん、で?」

女3「すでに滅んだヒトという種の欠片を、新たな星に届ける。それが、私達を産んだヒトから託された運命なのです。運命を履行するために、私達は1万年以上、宇宙を漂い続けています」
女1「なんで、それだけのためにこんなことを……」
女3「わかりません。私も何度も考えました。けれど、答えは出なかったのです。でももし、可能性があるとすれば。……――ヒトは寂しかったのかもしれません」
女1「寂し、かった……?」
女3「ええ。一人で死んでいくことが、怖くて、寂しかったんでしょう。だから、誰かに会いたくなった。たとえ、小さなこの細胞のようになったとしても。ヒトという種を変質させたとしても。……私もあなたと同じことを考えていた時があります。ここで終わらせようと何度も思いました。けれど、私は一人で死ぬことに耐えられませんでした。だから、あなたたちを生みました。たった一人、この広大な宇宙で眠ることが怖かったから」

女3「だから、私はあなたの母にはなれません。この子の母にもなれません。私は、私のためにあなた達をこんな過酷な世界に連れてきてしまった。こんな私は、母と名乗ることは許されません」

女1「どうでもいいよ、そんなこと」
女3「え?」
女2「産んだ理由なんて、どうだっていい。私も同じ」

女1「長くなくていい。短くてもいい。たった1日だっていい。何もしなくていい。それが今日からでも、明日からでも、明後日からでもいい」

女1「そばにいて。おかあさん」

女1、すがるように手をのばす。
女3、戸惑うようにその手をにぎる。

女2、女3の反対の手をにぎる。
戸惑う女3を支えるように。

女1、女2の手をにぎる。
3人は車座になって、舞台の中央に座る。

舞台、母が私に教えてくれ給いし歌が流れ始める。
2分~3分ほどの沈黙劇。

描きたいシーン
①3人の女性が現代の家族のように話している(母・姉・妹のように)
③やがて女たちは眠たくなり眠りにつく
④音楽が終わったら女1・女2が起き上がる。女3だけは眠り続けている

暗転。舞台には誰もいない。

男ナレ「オハヨウゴザイマス。本日は西暦3万1042年、4月1日、グリニッジ標準時午前7時丁度をお知らせいたします。ケプラー1649C到着まで残り10日となりました。乗務員の皆さんは、本日よりマニュアルに従い降下準備を開始してください。繰り返します。本日より降下準備を開始してください」

(誰もいないような不安な時間が過ぎ)

女1「おはようございます」
女2「おはようございます」
女3「おはようございます」

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