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【新生活応援】腹の傷

長い文章にチャレンジしてみた。

このくだらない話を
新生活を始める
全ての人に捧げたい。

特に不安を抱える人に。

私の記憶はあいまいなので
フィクションだと思って読んでいただきたい。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

私が出産した産院では産後1ヶ月を過ぎた母達を集めて、講義が行われた。

出産以来、はじめての赤ん坊なしの外出だ。
なんて身軽なんだろう!
自分の思う時間に出発できるって素晴らしい!
突然の泣き声に意識を中断されない完全なる私1人の時間!!

母に子どもを預け
私は産院へ向かった。
シンデレラが舞踏会に向かった時の気持ちはきっとこんな感じだ。

会場は、新しく母となった女性の崇高なる気品で満たされていた。

「あれ?なんかみんな余裕あるな。」

思ってたんと違う。

この一ヶ月の不眠不休の育児ですっかり忘れていたが、私はミーハー魂でちょっと無理して豪華な産院を選んでいたのだった。

このような豪華な産院には、きっと精神に余裕がある母達が集うのかもしれない。

私は1月の疲れがバレないように急いで、聖母のオーラを身に纏い、指定された席に腰掛けた。

そして再び考えた。
みんな自然分娩なのかな?」

私は帝王切開で子どもを授かった。
あれはお腹を切るので、腹筋が全く使えないところから始まる。寝返りもうてない。

ところが、自然分娩だと出産直後に
「ああ疲れた。」
と自分で自販機まで歩いて行ってジュースを買える人もいるらしいのだ。
自然分娩だと体力的にも精神的にも余裕があるのかもしれぬ。

そんなことを考えながら
同じテーブルに座った2人に会釈がてら話しかけてみた。
夢見る乙女のような女と
さっぱりしたキャリアウーマンといった感じの女である。
どちらも好感が持てた。

聞いてみるとなんと
2人とも帝王切開であった。

今思えば病院の心配りだったのかもしれない。

とにかくその瞬間、即座に我々3人には仲間意識のようなものが発生した。

そして3人は聖母の顔を保ったまんま講義を受けた。
講義の後、夢見る乙女が
「また会いたいね。」
と言い出し、我々は連絡先を交換した。

これは実現することのない社交辞令である。
この社交辞令の中には
「帝王切開仲間と今日会えて嬉しかった。」
という気持ちが込められている。

私も嬉しかった。

こうしてシンデレラタイムを楽しんだ私は再び日常へと舞い戻った。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

…おかしい。
夢見る乙女が社交辞令をわかっていない

数日おきに、子育ての疑問や、次に会うときみんなで話したいこと聞きたいことを連絡してくる。

キャリアウーマンは、夢見る乙女の夢を壊さぬよう返事している。
「そうだね。私もそれ興味ある!」

キャリアウーマンは夢見る乙女が
社交辞令をわかっていないことを指摘せずに、自由に泳がせている。つまりなんらかの判断をしたいならするのは私となる。さすがはキャリアウーマンだ。

しかし誰も言い出さない。

いつかはいつなのか。
会場はどこなのか。誰の家なのか。

「みんなは豪華な一戸建てに住んでるかもしれない。」

そのようなおそれが絶対に
ここにはあると私はふんだ。

ええい!
めんどくさいわこのラリー。
会社が借りてくれてる
賃貸マンション!
それでいいじゃないか。
上等だ。
これでダメなら私は
抜けさせていただく!!

つまり私は根負けした。
「私の家でよければ。」

日時を決め
赤ちゃん連れで
我々は本当に再会することとなった。

他方、私は気になっていることがあった。
手術の傷である。
怖くてみてなかったが、触るとミミズ腫れのようになっていた。
そしてある日どうしても気になってみてみたら、やっぱりミミズみたいだ。
医者はそのうち平になるから問題ないというけれど本当にこんなもんなのか?
ちょっとボコボコしすぎじゃない?

再会の日に、あの2人に絶対どんな感じか聞いてみようと思った。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「おじゃましまーす♪今日は寄せてもらってありがとう。」
私は4人(赤ちゃん入れて)を招き入れた。
「いやいやこちらこそ。赤ちゃん連れで出かけるのなかなか大変だから助かっちゃう。」
「迷わなかった?」
などと尋ねながら奥へと案内する。

「これ今日良かったら。」
キャリアウーマンが手土産をそっと渡してくれた。
気楽に受けとれる金額のもので、ちょっと話題性もある素敵なお菓子だった。
さすがのセンスやっぱりキャリアウーマンだね!
「これいっぺん私も食べてみたかったのよ。」

「うわぁ!さすがって感じ。私出すの恥ずかしくなっちゃった。」

その様子をみた夢見る乙女がいった。

なんだろうと思いながら、
キャリアウーマンと私は是非出してくれるよう彼女をうながした。

キャリアウーマンのほうが数段レベルが上だが、息があうのを感じる。

「私今日嬉しすぎてお菓子作ってきちゃった。」

手作り!!
受け取ってみると
それは水羊羹であった。

びっくりである。天才!!
赤子を抱えていったいどうやって
水羊羹が作れるのだ?
水羊羹なんて作ったことないよ?
作るものなの?

そして私は新たな価値の導入に
多いに動揺した。

賭けてもいいが、絶対にキャリアウーマンも感じ取っていた。

手作りスキル!!
そんなもんまで要求されるのか、母親は!!
おそろしいな。



普段は母乳のために禁じられている
山盛りの菓子を前にしたその後のおしゃべりは、相変わらずみんな聖母のヴェールを決して脱ごうとはしないものの、予想以上に楽しかった。

なんだかんだ
「来てもらえて良かったなー。」
と思いはじめた私は思い切って聞いてみることにした。

腹の傷のことを。

「防水シール剥がしてすぐにみたけど、私も気になってた。」
キャリアウーマンが言った。

キャリアウーマンはすぐに現実を直視できるのである。

「私は怖くてまだみてない。防水シールが絶対剥がれないように、お風呂入るとき上にラップして入ってる。手でも絶対触れないようにしてる。でも気になる。」

夢見る乙女が言った。

嘘だろ?
防水シールまだ剥がれてないの?
面白すぎる。

私もたいがいビビりだけど、
ビビりも極めると
ナイスな味わいとなる。

私は何事も中途半端だな。

乙女の発言に
一瞬場の空気が緩んだのを
私は見逃さなかった。

2人のこの話題への
関心は本物だ。

私は
畳み掛けた。


「私のお腹の傷
みてくれない?」



2人は即座に同意した。

私は聖母のヴェールをちょっとばっかめくってみせた。

つまりお淑やかに
2人に腹の傷をみせた。

夢見る乙女はこわごわ眺めると、
一度も見たことない自分の腹の傷のことを思い、軽く呻いた。

私は動揺しなかった。
この人、面白いくらいにビビりなんだもん。

私は、傷をじっくり観察し終わった
キャリアウーマンが口を開くのを待った。

「私もだいたいこんなもんだよ。」

私はこれを信じた。

聞けて良かった。

出会ったばかりの人を家に招き入れるという危険を冒した甲斐があった。
本日の収穫はこれで十分だ。

満足感を得ながら、
ふと、昼日中に、赤子を抱えた中、気取りながら私達は一体何をしているのだろうと我に返り
私はちょっと愉快な気にもなった。

別れの際、キャリアウーマンが言った。
「良かったら次うちにきて。」

良かった。どうやら今日の会合は面白かったようだ。

そして、豪華な一戸建てじゃなくてちょっと安心したんだな。

彼女が教えてくれた住所は
可愛い外観の新築マンションだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ハイセンスのキャリアウーマンの家に行くのに、手土産選びに私は苦心した。
別に心配ないの知ってるけど、なんか合格点取りたくなるんだよね。
変なの。

今回の夢見る乙女の手土産は
ホールのチョコレートケーキであった。
もちろん手作り。
パワーアップしている。
チョコレートってどうやって鏡のようにコーティングするんだろ?
スゲエ!
(しかも美味い!!)

あまりのインパクトに、私の手土産が合格点だったかどうだか気にもならない。良かった。

お菓子は家庭画報に出てきそうな美しい食器に盛り付けられ、名のあるブランドのティーセットで彼女は紅茶を振る舞ってくれた。フォートナム&メイソン。

香り高きお茶の香りに包まれながらその日も我々のおしゃべりは止まらなかった。

午前中の集まりが昼になってしまった。
おいとましなければ。

そんなタイミングでキャリアウーマンが口を開いた。

「お昼、ピザでいい?」

「私、お昼ピザ注文しようかと思ってたんだけど、もうちょっと喋りたい。一緒に食べてかない?今から帰ってご飯作るの大変でしょ。」

何ですって?
延長!?
しかもフォートナム&メイソン
からのピザ!!

ピザでいい!
ピザがいい!!
ピザは気楽だ!!

大歓迎だ。

この素晴らしき提案に
夢見る乙女も賛成して
我々はピザを注文した。

覚えておきましょう。
母乳製造機は
ジャンクフードに飢えている。

キャリアウーマンは聖母ヴェールを
ちょっと脱いできた。
そんな1日だった。

「社宅なの。みんなの家みたいに綺麗じゃないんだけど次は私の家にきて欲しい。」
帰り際、夢見る乙女は言ってくれた。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

手作り名人の家に行くのに
手作りは持っていかなくて良い。
持っていくのは空っぽのお腹だ。

キャリアウーマンも私も手作りの選択肢はもう捨てている。
私は確信を持っていた。

そして楽しい気持ちで手土産を選んで彼女の家に向かった。

そこは手作りパラダイスだった!!
なんて豊かな人だろう!
テーブルの上にはご馳走が所狭しと並び、壁じゅうに子どものための愛あふれる飾り付けがしてあった。まだ赤ちゃんなのに!
音楽が好きで、着物も大好き。手芸も大好きで作品があちこちにある。

「あれは何?」
「これはどうやって作ったの?」
「どうやって時間作るの?」
「可愛い🩷。」
その日、赤ちゃんそっちのけの3人のおしゃべりは止まらなかった。

そこは我々がたどり着いた
天国だった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

あとがき

この時の2人とは
子どもそっちのけで
今でも交流が続いている。
ありがたいことだ。

自分の心の動きを書いてみて
痛切に感じるが、
人は自分が作り出した
幻想に勝手に怯えているように思う。

相手の素晴らしいところを見て
自分ががっかりする必要ない。
相手の素晴らしいところをけなす必要ももちろんない。

お互いに違いを面白がって
素敵だなと祝福しあえば良い。

偉そうなこと書いてるけど私自身
これはなかなか難しい。

新しい環境に身を投じるとき、
私はいつもこのパターンに陥る。

それでも気がつけば
たいていどうにかなってるんだ。

みなさんも是非
気楽にスタートして下さい❣️

新生活に幸あれ!!✨

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