小説・小丸との日々(第5話・葛藤)

「うううっ」
 私は頭を抱えた。
「金がない・・」
 やはり、どう転んでもお金がなかった。
「もう無理だ」
 完全に進退窮まった。どう考えても行きづまっていた。どんづまりだった。私の人生どんづまりだった。
「もう死んでしまいたい」
 鬱もひどく、私はもうダメだった。
「ああああ~」
 私は頭を抱えた。
「にゃ~」
 そこに小丸がやって来た。
「にゃ~」
 小丸は、その生まれたばかりの澄んだ目で、私を見上げる。
「・・・、小丸・・」
 私は小丸を抱き上げた。ちっちゃいけど温かかった。
「そうか、今の私は一人じゃないんだな」
 死ぬわけにはいかなかった。私はかろうじて踏みとどまった。
「生活保護・・」
 私の頭にその言葉が浮かんだ。
「よしっ」 
 次の日、私は役所まで行った。
「・・・」
 しかし、建物の前まで行って、私は引き返した。私は中に入ることができなかった。
「・・・」
 以前、バイト先の同僚の人に聞いたことがあった。
「ほんと行きづまっちゃってさ、それで、これはどうにもならんなって、役所の福祉課に行ったのよ。そしたらね、あなたは若いし、まだがんばれるから、生活保護は無理ですよって、かんたんに追い払われたわ」
 その人は母子家庭で、子どもが二人いた。前夫は、養育費を払わず、彼女一人がアルバイトで子どもを育てていた。話を聞く端々でも、すでに生活がかなり厳しいことは分かった。それでも生活保護は受けられなかった。その時にこうも言われたそうだ。
「風俗という仕事もありますよ。実際そうしてがんばって働いている方もおられます」
 その人は二十代後半の女性だった。私はまだ二十代前半だった。
「風俗・・」
 夜の仕事・・。
「でも・・」
 やりたくなかった。
「夜の仕事・・」
 そう思いつめる夜が続いた。
「ちょっと、ちょっとだけ働けば、私の安い生活費くらいにはなるだろう」
 それくらいなら・・、それくらいなら・・、私は葛藤した。
「うううっ、ちょっと・・」
 私の葛藤は続いた。
「にゃ~」
 そんな私の下に小丸がやって来る。
「おお、かわいいね」
 今の私には小丸だけが、癒しだった。だが、ほっこりしている暇など今の私にはない。金、生活費がないのだ。
「・・・」
 小丸のためにも・・、私は小丸を見つめた。
 私はアルバイト情報誌をめくる。夜の仕事という欄を広げた。
「・・・」
 やはり、給料は圧倒的にいい。それにたくさんの募集。
「ちょっと働けば・・」
 私は普段歩かない歓楽街を歩いていた。昼間のそこは、夜の怪しい雰囲気はなく、閑散としていた。だが・・、
「ここだ・・」
 私は目的の店はすぐに見つかった。私はその店の入っている古い雑居ビルの前に立った。
「・・・」
 私はその古びたビルの階段に足をかける。ここを上れば・・。
「・・・」
 だが、私の足は止まった。わたしはそこで、やっぱり引き返した。どうしても無理だった。
「うううっ」
 やっぱ無理だよ。私は歩きながら、涙をにじませた目をこすった。

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