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人生を変えた役満

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昨日は麻雀最強戦チャンネルの新企画「バカジンのバー」の配信に、アシスタントぽいけど実質ガヤみたいな感じで参加していました。馬場裕一さんは今年春に大病を患ったことを公表され、僕も病気をされた後にお会いするのは初めてだったのですが、お元気そうだったことをとてもうれしく思っています。

僕が今麻雀界で活動をしている、本当に最初のきっかけを作ってくださったのは、馬場さんの著書と梶本さんのイベントでした。今回はそのときの思い出話を書いてみようと思います。以前に別のところで書いたことがあるんですけど、観戦記ライターになる前のことだったので、今回は改めて。

メンチン何切る

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馬場さんが2017年春に竹書房から出された「メンチン何切る」という戦術本があります。これは麻雀打ちの課題の一つ「門前清一色」に特化した本で、手牌14枚からメンチンのテンパイを取るときに何を切るべきか、という問題形式がメインとなっています。

ある日SNSを見ていると、「この本の出版記念大会を麻雀ロンで開く」という梶本琢程さんのツイートを見ました。参加者は馬場さんのサイン本が特典でついてくるとのこと。当時の僕はフリー雀荘に通いつつ、たまにMONDOやRTDなどを見る程度ではあったのですが、その中で知っていた数少ない麻雀プロ(※当時の認識)である馬場さんや梶本さんと打てる、そしてサイン本ももらえるならということで、思い切って梶本さんにSNSで連絡を取り、参加させてもらうことにしました。ちなみに、梶本さんが麻雀ロンの経営をするようになって、間もない頃だったと記憶しています。

九蓮宝燈

大会会場に足を運び、馬場さんや梶本さんと初めてお会いしました。今思えば、梶本さんからすれば「何かよく知らない人が来たな」くらいの認識だったと思います。そして大会がスタート。なお大会と言っても堅苦しい雰囲気ではなく、「メンチン何切る」本のイベントということで、「メンチンをアガったら景品がもらえる」という特別ルールが設定されていました。ちなみに、この手の大会に参加するのも、地元の雀荘で行われた大会以外では初めてだったと記憶しています。

初戦の確か南1局、対面には梶本さんがいました。手牌を開けると、1m9mが暗刻で他にもマンズが何枚か、という手。4巡目くらいでテンパイするのですが、「メンチン本イベントだし景品もあるので、ここは思い切って狙ってみよう」と、マンズ以外の色を切っていきました。

すると思いの他マンズが伸び、気付けば手牌が

111235678999m○

ここでようやく気付きます。

「あれ・・・これって、純正九蓮宝燈の1シャンテンじゃん」

数巡後、5mを引いてテンパイ。145m待ちで4mなら九蓮宝燈、それ以外だとメンチンなのですが、1mは既に場に4枚見えています。

たぶん、手は震えていたと思います。そんな中で、上家がリーチ発声。横に曲げられた牌は


4mでした。


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「ロン、九蓮です」

今なら考えられない発声ですね。


ざわつく卓内。抜け番だった馬場さんが「そのまま、牌を落とさないで!」と駆け寄ってきます。自分はと言えば、誇らしいやら恥ずかしいやらでなんとも言えない感情に。とりあえず自分でも写真を撮りました。(ちょっとブレましたが)

この半荘はもちろんトップ。その後も成績をまとめ、僕はこの大会で優勝しました。大会後は飲み会があり、馬場さんと梶本さんが緊張する僕を優勝者として真ん中に座らせてくれて、いろいろな話をしてくださったのを覚えています。話の内容まではちょっと抜けてしまっていますが。

その後、僕は梶本さんと仲良くさせていただくと共に、麻雀ロンと深く関わっていくことになります。そして2019年に梶本さんに仕事の相談をしたことから竹書房の金本さん(現:近代麻雀編集長・麻雀最強戦実行委員長)を紹介していただき、Mリーグ観戦記などを書くようになって、現在に至ります。また、馬場さんとはそれほどお会いする機会がないのですが、会えば僕のことを気にかけてくださっていました。これからは「バカジンのバー」でご一緒する機会が増えそうなので、いろいろなお話を伺えればと思っています。

もしもあの九蓮宝燈がなければ、きっと大会も普通の成績で終わっていたでしょうし、以降は梶本さんや馬場さん、麻雀ロンと深く関わることもなかったと思います。つまり、僕は今と全く違う人生を送っていたはずです。

僕が九蓮宝燈をアガったのは、三麻を含めてもたった一度。それがこのタイミングで出たことに、本当に不思議な縁を感じています。

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せっかくこうして麻雀界に導いていただけたわけですから、今後ももっと頑張って結果や実績を残し、少しでもお二人に喜んでいただければと思っています。

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