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崖っぷちと救いの相方

“崖っぷち”

この言葉が今一番よくお似合いだろう。

自分自身の人生に違いないのに突然全て投げ出してやりたくなる時がある。

心が病んでいるのかって?

いいや、それさえも俯瞰的に感じるようになった。

苦しいのは知っているし、全身で痛いほどに感じている。

それはきっと私だけではない。

電話の向こうで、まさに今バイクを道脇に急いで止めて、返答にしばらく唸っている師匠もだろう。

ホテルマン人生で上位を争うほど苦しい瞬間であった昨夜を振り返る。



私を含め社員3人+育成中の新米社員1人+アルバイト1人。

そんな最小態勢の私達の部署は、アンドロイド師匠を筆頭にチームが成り立っている。

昨日突然総支配人とその秘書との3人の会議に出席し、今後の方向性を言い渡される平社員の私の顔はどんなだっただろうか。

なんで私が、、、

なんて概念はどこかに消え去った。

マネージャーが居ないから仕方ない、スタッフが少ないから仕方ない、絶対的な頼りになる上司がいないから仕方ない、

などとあれやこれやと理由をつけて丸く収める私の脳内と裏腹に、総支配人は実に楽観的にそして愉快に話を進める。

きっと彼にも私達には到底知る由もないほどの莫大な会社の問題を抱えているのは見え透いて感じる。

それはまるで時限爆弾かのように、破滅へと向かっていくかのように、刻一刻と静かに迫るように。

頭が狂っているんじゃないかと思うような鬼畜なことを言い渡される日々。

1日たった3人で朝から晩まで営業し、全てをこなす。

以前は今の2倍以上の人数でこなしていた業務全てをだ。

私達はコンシェルジュであり、ホテルのサービススキルの頂点に君臨し続けなければいけない。

またある時は、バーテンダーであり、清掃員であり、物が故障すれば自ら修理もする外部業者にも化け、引っ越し屋のように家具移動もお手のもの。

またある時は、導入予定の商品の試飲に先方に伺い出張ホテルマンにもなり、クレーマー対応に徹するときも、売り上げ向上に向けてマーケティング戦略を考案したり。

またある時は、写真撮影のスタッフモデルと化し経費削減に使われたり、記事の取材のインタビューを受けたり。

またある時はラテアートをし、下水掃除をし、時には裏でフルーツカットや盛り付けのシェフと化する。

多彩な才能に優れ100の顔を持ち、何者にでもなれるのだ。

よくやっているなあと我ながら笑える。

スタッフは増えないまま、数日前から営業時間だけが延長され、業務範囲が拡大し、ついに限界を迎えた昨夜。

朝9時過ぎに会社に足を踏み入れたはずが、気がつけば時計の針を1周回り切ってさらに終電の時間が迫っている始末だ。

営業時間が終わり自動ドアをようやく施錠した瞬間、私以外の残りの2人がほぼ同時に椅子に倒れ込んだ。

その日師匠は休みだったにも関わらず朝からしきりに心配のメッセージが個人的に来ていた。

前代未聞の挑戦と無謀さに呆れをみせる師匠と私。

荒れ狂った姿のラウンジと裏の洗い物の山の写真を送り、現状報告の電話をする。

バイクを止めて、唖然と話を聞く師匠。

今後の改善点と上の者と戦う作戦を練ろう。

そやな、とりあえず来月からのシフトも全部一から一緒に作り直そう。

一刻も早く現状を報告しないとみんな過労死してまうよ。

実際の残業時間の数字やお客様からのクレームを武器に戦う以外、この自爆から解放される術はない。

そんな重苦しい電話越しの話し合いを、椅子に倒れ込む2人を横目にする。

横で話聞いてるだけで胃めちゃ痛なってきたわ、、と腹部を抑える私の先輩2人。

完全エンジン切れの2人の隣で最後の力を振り絞ってパソコンに向かった。

通話をスピーカー設定にして、あたかも隣に彼がいるかのようにパソコンの隣に携帯を立て掛けた。

私 : ほな今日の振り返りと改善点書き出していくわな。ほんで明日からのシフト全部作り直そか。

師匠 : そやな、なんとかして軌道に乗せやんと。
まあ、でも、苦しいな、なかなか。うん。
悔しいな。

みんなの前では決して弱音を吐かない彼が、小さくぽつ、ぽつと途切れ途切れに言葉を放った。

計り知れないプレッシャーと、悔しさと、やるせなさと、人一倍の責任感を抱える彼をいつも隣で見ているからこそ分かる。

彼の底なしの根性と、それをもって常に安定した精神状態、リーダーシップ力、優れた洞察力には本当に圧巻する。

だからこそ彼のあだ名は紛れもなく、私にとっての唯一の”師匠”なのである。

たまに彼は私に尋ねてくる。

これは俺にとって”逃げ”の選択だろうか。
“弱音”を吐いているだろうか。 
チームの皆に寄り添えているだろうか。

と。

その度に私は励ましながら必死に答える。

それは逃げじゃない。
一番の解決策を見出している中で、上司から提示された道とは違う道を私達が良いと判断し選択しているだけであって。
目の前の壁を自力で真っ正面から登ることができないことだっていくらでもある。だからこそ知恵を絞って、斜めから行ってみたり、仲間を呼んで協力してみたり、時にはハシゴとか道具使ってみたりしてさ。
それは弱音でも逃げでも、ずるくもなくて、”賢さ”よ。
みんなで背負って、みんなで一緒に一つ一つ解決していこう。
我らチームですから!!

と。

いつもの調子で背中をペシペシ叩いて明るく元気付けてみせる。

ありがとう。

と照れくさそうに少し俯きながら頬を緩める師匠。

自分こそ、あんま無理すんなよ。

と彼がぼそっと小さい声で私に言ったのは、意地悪く聞いていないフリをしてやった。

そんな、映画が一本出来そうな波瀾万丈な目まぐるしい日々を繰り返す我ら。

笑えてくるよな次から次へと、なんて言いながら。

ある日、酸素が薄く感じるほど息苦しい日があった。

仕事中切羽詰まった状態が続き、呼吸が浅くなるせいだろう。

ホテルの接客というのは、いわゆる接客業における頂点とも言われる。

五つ星ホテルともなれば、神経をすり減らしすぎたあげく体を壊し、業界を去るものも正直少なくはない。

五感を研ぎ澄まし続けていると、ゲストが氷の入った残り少ないドリンクを啜るわずかな音さえ大音量で聞こえてきたりするのだ。

右足の革靴が苛立ちながら大理石を小刻みに叩く音、椅子を引く音、ナイフでローストビーフを切る音、手がグラスに触れる音、

気がおかしくなるほど空間に溢れる音一つ一つが大きく、そして激しく聞こえてくる時がよくある。

それほどのものだ。

そんなヘトヘトの日の仕事終わり。

私が会社をちょうど出たところで、実にタイミングよく電話が鳴る。

着信画面を見て、これまたまあ驚き。

師匠からだった。

絶対に仕事中以外電話なんてしないような人が、休みの日にかけてくるなんて。

私 : はい、もしもし!なに?事件?事故?なんかあった?どしたん?

師匠 : いや、んなわけ。第一声おかしいやろ。俺の印象どうなってる??

私 : いや、焦るよ。え、なに?怖いんやけど。

師匠 : 今職場かな?もう終わったかい。

私 : うん。ちょうど出るとこ。

師匠 : おー、そうかそうか。よかった。お疲れ様。大変やったやろ。

私 : うん。しんどかったわなんか。なにどうしたんよ。

師匠 : んー。いや、別に。その、さ、珍しく一週間くらい俺らシフト被らへんからさ。そのー、なんか俺に話しときたい事とか、聞いて欲しい事とかないか。なんでも言いなよ。

私 : え?なに?彼氏ですか?ないけどそんなん笑笑 一応形だけメンヘラ系の彼女役でもやろか?? え〜、あのさぁ〜きいてよおお。最近職場の先輩がねぇ〜セクハラしてくるんだけどぉ〜。

師匠 : (爆笑)あかんもうええて笑笑 心配して損したわ!ところでほんまになんもないんか?聞くぞ、話。

私 : んー。ほな一個だけ聞いて。

師匠 : もちろん。なんでも言いな。

私 : お世辞にも決してええとは言えやんこの厳しすぎる環境でも、悔しいくらいこれだけの大きい好奇心や野心が腐るほどあってさ。その、なんていうんかな、上手く言えやんけど、現実と山程実現させたい事柄とのバランスがだんだん離れていってぐらつくんや。 

師匠 : すごく分かるよ、言いたいこと。俺も今まさにそうやから。でも手持ち無沙汰の人生より、次から次へとやることに溢れていて、誰かに期待されている状態のほうがよっぽど素敵な充実した人生やと思うよ。少なくとも、俺は期待してるよ。それに、これからチームを軌道に乗せるのが俺の仕事や。忙しく目まぐるしい人生が自分達らしいよ。
スピリチュアルっぽいって言われるかも知れやんけど、宇宙から見えない力が働いて、明確にイメージ出来る理想や夢は必ず全て可能になり現実になるよ。越えられない困難は与えないよ必ず。これも自分達が選択して来た道と人生だから。
大丈夫。一緒に立て直そう。
充分頑張ってるよほんまに。

私 : …。私の親かなんかなんか、、150回くらい頭撫でて慰めてもらってええか?頼むわ。

師匠 : (爆笑)なんなそれ、そんなんで元気出るんなら安いもんやな、まだまだ余裕やな。
安心したよ。 

そんな馬鹿げた中に大真面目な話を交えながら、嬉し涙が溢れそうになっていたのはもちろん秘密だ。

一年前、信頼とは何か?と私に尋ねて来た彼の口から出た言葉とは思えないほど変わり果て様だ。

何かを察知したかのように、よく分からないタイミングで電話が鳴り、そうして私の胸の息詰まりもスゥーッと消えていった。

ありがとう師匠。
最高の上司であり、友達であり、相方であり、心から信頼出来る私の師匠である。

そんな私たちの冒険はまだまだ続く。

今日も崖っぷちに美しく咲く一輪の花よ、幸あれ。

ROGORONA 

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