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三振フルスイングの人生だとしても

時が止まる。

手に持っていた携帯が思わず滑り落ちそうになる。

「師匠がクラブラウンジ辞めるって、、、?」

前の職場の友人からたった今聞いた言葉に耳を疑う。

私の相方ことクラブラウンジ一筋の師匠が、なんとハウスキーピングのアシスタントマネージャーとして部署異動することがつい2日前に決まったという内容だった。

ハウスキーピングとは客室清掃の担当部門であり、完全裏方の部署である。

なんとまあ運命的にも私のホテルマン人生の原点となる部署に、まさかあの師匠が異動になるとは想像もしなかった。

客室管理部門ということは、よほどのクレームがない限り、ホテルの表の世界に出ることはもうほとんどない。

接客することもなければ、ワインをサーブすることも、料理を運ぶことも。

何十人にも及ぶ客室清掃員に対し的確に指示を出し、ホテル全体のコントロールをオフィスにこもって朝から晩まで行う。

これが彼の今後の仕事だ。

27歳という若さでそこまできたかと感心と同時に、「本当にこれは彼の本望なのか」という疑問が真っ先に浮かぶ。

師匠に「相談がある」と悠々とウソのLINEを送る。

早速電話が鳴る。

師匠 : ひさしぶり!!お疲れ様。どないしたん??

私 : おひさおひさ!いやー、あのさ、、、

師匠 : おう、、、、なんや。。。こわいな、、

私 : まあ相談ってのは真っ赤なウソやねんけどな。それより、なんか私に言うことないか??

師匠 : うそなんかい!!なんやねん!!
言うこと、、、あーー、、、、あー、ある、、な。、、笑

思い当たる節があったのか、やっちまった、、、と笑いながら答える師匠。

私 : やっぱりな。あんたのことやからどうせ正式に発表されるまで口閉ざしてるんやとは思ってたけどよ。あれ、本気なん。

師匠 : おう、本気やで。まあでも多分わかると思うけど残念ながら俺から望んで自ら受けたことではない。でももう腹は括ってるよ。

そこからゆっくりと自身の胸の内を打ち明け始める師匠。

2週間に一度、ホテルの総支配人とミーティングを行っているらしく、そこで頻繁に彼の将来のキャリアプランについての話になったそうだ。

彼の次の夢はクラブラウンジのトップであるマネージャーになること。

現在アシスタントマネージャーとして着々とその夢を叶えるべく、経験と知識を積み上げている最中であった。

そんな中ある日、非常に難癖のあるその総支配人に吐かれたセリフがこれだ。

『お前にクラブラウンジマネージャーの肩書きを俺が与えることは実に簡単なことだ。今すぐにでもそうしてやれる。だが、たとえそうしたところで、お前は今と何が変わるんだ?』

まるで見下されたような、悔しさと屈辱感でいっぱいだっただろう。

しかし流石の師匠はそんなことでは終わらない。

むしろこの出来事が彼にいっそう火をつけたのだった。

ただでさえ燃え盛っている焚き火に、更に大量の薪を加えたかのように、激しく赤々と燃え始めたのである。

『わかりました。成長のためならばどこへでも私はいきます。なんでもしてみせます。』

総支配人に挑戦状を出すかのように決意表明をした師匠。

果たしてその根性を見込んだのか、上手く利用したのか総支配人の本当の意図は未だ見えない。

その後、ホテル内で最も壊滅的状態の部署であるハウスキーピングアシスタントマネージャーとしての異動命令がまもなく師匠に言い渡されたのだった。

壊滅的というのは、異常なまでの人手不足により日付を超えてもなお、翌日に到着するお部屋の清掃準備をホテルスタッフがせっせとしているような沙汰だ。

過剰な労働が続き、心身を壊すスタッフも続出し、辞める者が後を絶たない。

そんな自転車操業状態な日々に追い込まれた挙げ句、心を病んでいくスタッフも数多くいた。

そんな綱渡り状態で成り立っている部署への配属が決まったのだった。

おまけに客室清掃部門の管理職となれば、よっぽどの大クレームがない限り、表舞台に顔を出すことはもう無くなってしまう。

彼の優れたホスピタリティ、サービス技術をお客様の目の前で活かす機会は残念ながらもうほぼゼロに等しい。

ましてはクラブラウンジマネージャーの夢は一旦は遠のいてしまったのだ。

私 : 師匠、あんたのことやからきっと考えがあるんやろ、他人から見ればかなり無茶なこの決断やけど。

師匠 : 俺な、最近凄く『comfortable(快適)すぎる空間』にいたんよね。ラウンジでこういうことが起きれば、次はこうすればいい。もしこうなればああいうふうに対応すればいい、とか。ある程度手に取るように分かるというか、快適すぎるぬるま湯に浸かりながらスーッと過ごしているような、そんな感覚に最近はなってしまっててな。それからどうにか抜け出したくて、このcomfortableな感覚を続かせるのではなく、自身の流れを変えなければと。
そして、こうしたチャンスが俺の目の前に突然やってきた。たしかに俺が望んでいた形とは随分違うけれど、飛び込むしかないと確信した。

私 : うんうん。相変わらずあんたらしい決断やね。

一緒に当時働いていた半年前に比べれば、現在のラウンジは随分と安定期に入ったようで刺激も以前より少ないらしい。

今でも頻繁に当時のことを鮮明に思い出しては、自身を奮い起こさせる活力にしている。

そして彼はこう続けた。

師匠 : 俺が一番何より苦手で出来ないことをやってやろうと思ったんや。俺はあなたみたいにハウスキーピングの経験もない。清掃は確かに一緒にやったことはあるけど。
30人近いホテル内で一番多くの人数が属する部署のリーダーをしたこともない。
ずっと表舞台で料飲関係に携わっていたから、ホテルの裏方を一度もしたことがない。
これだけ大きなチームを果たして俺が1人で率いることはできるのか、全く想像もつかない。
そして、誰1人俺が出来るなんて”期待していない。”
誰もやりたがらない仕事をどれだけ本気でできるか、だからきっと俺が選ばれたんだよ。
こいつに言ったらこんな仕事でもたぶんやるやろなー笑 的な考えでな。
でもな、それが重要なんだよ。
ある意味、”期待されてない”って最高だよ。
やりたい放題よ。
自分でもわからない、この先どうなるか、俺に務まるのかどうかも。
だからこそやってやるよ、俺は。
絶対に持ち直してみせる。

耳に電話を当てている左手が興奮のあまり熱く震えた。

なんてやつだ、こいつは。
この感覚だ、思い出した。
共に働いてた時のこの情熱溢れるココロオドル感覚。
蘇るみるみるうちに。

そして彼はまたこう続けた。

師匠 : 俺のラウンジマネージャーになる次の目標は、宿泊管理部門の部長になること。
そう考えた時にクラブラウンジ一筋じゃ、部長への道のりは程遠い。ホテルの頭脳と言われるハウスキーピングを知ってなんぼよ。一番難しく、苦労が絶えない部署を今のうちから経験しておくのも悪くないだろう、?笑
早くから苦悩を体験したいってわけよ。

いたずらげに笑う師匠の声が聞こえる。

私 : 余計なお世話かもしれんけど、こう見えて結構私心配してたんやで。
ゆーても師匠との思い入れは深いからな、、それに、あんたのことやからどうせストレートに部署異動の理由直接ズカズカ聞いてくる私みたいなスタッフも周りにおらんやろうし(笑)感謝しいや、これでも心配しとるんだよ!笑

電話越しに爆笑する師匠。

師匠 : まあたしかにそうやな!!笑笑 誰にも言ってないや、理由。 聞かれたりはちらほらするけど。でもありがとうな。俺は大丈夫よ、挑戦するのみや。
俺はたとえ三振だったとしても何度でもフルスイングするよ。
そして打席には立ち続ける、絶対に。
向かってくる球は絶対に逃さない。
それに諦めない、絶対に。

なんやこいつ、大谷翔平みたいなことゆーな、、、分身か、、??

などと心でふとつぶやく私。

師匠 : もし全力でやり切って、それでも出来なかったら、その時は『どうもすみませんでしたああああ!!!』って全力で土下座で謝って速攻その場から逃走する!爆笑

私 : その案ええな、私でもそうする爆笑

そんな話に2人で爆笑する夜23時。

ふと見上げると、夜空の月が恐ろしく眩しい。

まるで師匠のみなぎるパワーを反射するかのように。

師匠 : ところで〇〇(私の目指すホテル)に向けてはどうや。順調か??

私 : うん、自己開発中。着々と夢に向けて歩んでるよ。そこでクラブラウンジマネージャーになるのが変わらず私の夢やからね。

師匠 : そうやな。心から応援してる。できるよ、あなたなら。

誰よりも説得力と重みのある言葉。

1年以上前に話したにも関わらず、他人の『夢』さえも明確に今でも覚えている師匠に感動とその優しさを覚える。


私の好きなセリフにこんなものがある。

What’s the best advice you’ve ever received?
「人生で受けた最高のアドバイスは?」

What if it can turn out better than you can imagine.
「想像以上の結果になるかもしれないんだよ」

その瞬間、そんな素敵な言葉がこの世に存在しても良いものかと感じた。

無限大に広がる可能性の中で限界を作っているのは我ら自身なのである。

常に「想像」をも超えていく結果を目指して日々生きる。

まだ、まだ遠くへ飛んでいける気がする。

意思あるところに道は開ける。

この言葉とは本物で、人間性、環境、能力、強く得たいと願ったものは全て手に入れてきたつもりだ。

師匠はまさにこの言葉を私によく口にしていた。

『期待や想像をも超えていく結果が待ってるよ』

と。

私にとっては魔法の言葉だ。

諦めかけた時、何度この言葉に心救われたか。

そんな“気づきを磨く”試行錯誤そのものが「旅」だとしたらそんな「旅」を私は一生繰り返していきたい。

互いにそれぞれの場所で、今日もフルスイングの人生は続く。

新たな挑戦へと向かうあなたにとびっきりの幸あれ。

ROGORONA

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