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市民文庫『アンダークラス––新たな下層階級の出現』橋本健二著 ちくま新書 本体価格820円+税

● 以下は、『ボラティア情報2019年一月号』(とちぎボランティアネットワーク編集・発行)「市民文庫」所収

『アンダークラス––新たな下層階級の出現』橋本健二著 ちくま新書
本体価格820円+税
評者 白崎一裕(那須里山舎)

 二度、同じ著者の作品をとりあげるのは初めてである。しかし、内容的に重要なものなのでご紹介したい。以前にとりあげたのは『新・日本の階級社会』講談社現代新書であった。本書は、その続編といえるものである。
 前著でも、資本家階級と労働者階級という古典的な階級論とは違う現代的状況、すなわち、労働者階級内部に階級格差が生まれ「新中間階級」「労働者階級」に加え、労働者階級の下部に、新しい下層階級としてのアンダークラスが生まれているということは指摘されていた。今回の本書ではより詳細にそのアンダークラスについての分析がされている。
 まず、驚かされるのは、このアンダークラスの人々がおよそ930万人存在して、就業人口の15%ほどを占め、また、それが拡大しているということである。それらの人々の年収は平均わずか186万円で、貧困率(所得が国民の「平均値」の半分に満たない人の割合。一般には、経済協力開発機構(OECD)の指標に基づく「相対的貧困率」を言う。ここでの「平均値」とは、世帯の可処分所得を世帯人員数の平方根で割って調整した所得(等価可処分所得)の中央値。この50%に達しない世帯員の割合が「相対的貧困率」である。『知恵蔵』より)は38.7%と高く、特に女性では、貧困率がほぼ5割である。仕事の種類は、非正規労働でマニュアル職、販売職、サービス職が多い。具体的にならべてみよう。販売店員、料理人、給仕係、清掃員、レジ係、キャッシャー、倉庫夫・仲仕、介護員・ヘルパー、派遣の事務員などである(これらの数字は、アンダークラスに含まれる年金受給60歳以上の人を除いたもの)。著者も指摘しているように、これらの職業は、通常の市民生活を便利に豊かにおくれるように支えてくれる労働ばかりである。すなわち、評者の言葉に言い換えるならば、社会を「ケア」してくれる労働群である。
 世の中の経済活動は、経済活動のみで自律して営まれているように思われているが、それは大きな錯覚で、賃労働かそうでないかを問わず、広範な人々の暮らしを「ケア」してくれる諸活動(たとえば、家事労働や育児などが代表である)によって支えられている。もうひとつ、経済を自律させているようにみせているのが「エネルギー領域」なのだが、そのことは、主題から外れるのでふれない。これらの人間活動の根幹にかかわる労働群が低賃金の貧困率の高い人々によって担わされているというのは由々しき事態である。
 また、このアンダークラスの特徴に、この階級の人々が、子ども時代に「いじめ」や「不登校」「中退経験」など学校教育機関に空白時間あること。健康状態が悪く、知人や友人などの層が薄いということがある。
 この階級が拡大していることの背景だが、過去に反貧困ネットワークの湯浅誠氏が「日本社会はすべり台社会」と評したことがあった。まさに、その通りで、定番の経済活動がなんらかの理由、たとえば、病気だとか離婚だとかで、中断するとたちまち、このアンダークラスに落ち込んでいってしまうということである。そして、「運よく」、本当になんらかの偶然で「運よく」なのだが、定番の経済活動にとどまっている人々には不可視の状態としてアンダークラスが認識されづらい。
 最近の論調は、これらのアンダークラスの労働はAIが担う、という楽観論があるが、評者の見解では、AIの登場は、より細分化されたアンダークラスの人間労働を生み出し、AIに管理される社会になると考えられる。この状況は、貧困状態をさらに深刻なものにするだろう。
 評者自身のことで恐縮だが、評者は、最近仕事を変えなければならない状況になり、7度目の転職となった。ほとんどが自営業のため、転職のたびに「アンダークラス」状況を身近に感じることとなっている。生計をたてるための経済状況が不安定な社会は不健康な社会である。
 全国民的課題として、このアンダークラス状況からの脱却を実現する方策を考えなければならない時代である。

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