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小泉八雲とイエイツ2

イェイツは、幼少時、一家と共にロンドンに移りましたが、母の郷里スライゴーに帰ることも多く、幼時からアイルランド北西海岸の風景や、農民の語る妖精譚に慣れ親しみました。

1889年に第一詩集『アシーンの放浪ほかの詩』を発表、ケルト人の英雄アシーンが妖精の案内で魔法の島々をめぐる幻想的な物語詩や、哀愁に満ちた繊細な叙情詩が注目されます。のちに能の「幽玄」にケルトと同じ思想を見つけ、新たな詩劇を目指して行くことになります。

『アシーンの放浪』を発表した同時期、アイルランド独立のために戦う「アイルランドのジャンヌ・ダルク」と呼ばれた美女モード・ゴン (Maud Gonne 1866 - 1953)と運命的な出会いをします。

イェイツは初めての出会いでモードに強く心を奪われ、それから30年もの間繰り返し求婚し続けては無惨にも拒否され続け、挙げ句の果てにはモードの養女にまで求婚しそれも断られてしまいます。

このモードに対する強い執着心は、彼の詩作の源泉にもなっており、『鷹の井戸』でも水を求め続けても得られないことへの嘆きや鷹姫の存在にモードへの想いが反映されているとする指摘もあります。

なお、『鷹の井戸』を書き上げた翌1917年、イェイツはモードへの想いを断ち切って30歳近く年下の女性と結婚しています。

イェイツは隠秘学結社である「黄金の夜明け団」に入会して、占星術、降霊術の研究に熱中しました。

そこから現実の社会に背を向け、神話と魔術と夢の領域に詩の主題を求める神秘主義的で芸術至上主義的な傾向が強めていきます。

また、民族文学普及の実践運動に乗り出し、『ケルトの薄明』(1893)ほかで民話を収集し紹介。1899年にはグレゴリー夫人らと「アイルランド文芸劇場」を設立、さらに1904年に「アビー劇場」を新設し、アイルランド文芸復興の黄金時代を築きました。

現実の社会に背を向け、神話と魔術と夢の領域に詩の主題を求める神秘主義的で芸術至上主義的な傾向を高めていくイエイッですが、その点、哲学的教義のない神道にも精通し日本神話とアイルランド神話に親和性を認める小泉八雲の創作態度と似通っているのは同じアイルランド人の血の系譜があるからだろう。

小泉八雲も夢をよく見、夢の内容を大事にし創作に利用した。ある日の講義で学生達にこう述べている。

「もし諸君が優れた想像力を持っていたなら、霊感を得るために書物に頼ることは止めた方がよい。それよりも、自分自身の夢の生活に頼るのだ。それを注意深く研究し、そこから霊感を引き出すのだ。単なる日常の体験を越えたものを扱う文学において、ほとんどすべての美しいものの最大の源泉は夢なのだから」

八雲は夢が文学に果たす役割は大きく、最も大切なものだと考えていた。日常性を越えたものを描くのが文学の目的であり、それを描写することは、最も美しいものを表現するのに等しい事と想っていたからだ。

しかし、日常を越えた世界の認識は目に見えるものを絶対視する人には、理解が難しいようだ。

自身の夢を大切にし霊感を通し日本の怪談の芸術的品性を高めて英文で世に発表した小泉八雲はイエイツと似通っていた。そんな彼を古事記を英訳したイギリス人の東大教授チェンバレンは、「まるで夢遊病者」と八雲を言わしめたほどである。

イエイッの神秘主義なものの考え方、行動は八雲と重なり合う共通点で、その点からいって、ノーベル文学賞受賞者イエイッを八雲は尊敬し書簡を送ったのだろう。

イエイッは異界との交流、神秘主義、ケルト復興、そして女性への情念などを新しい詩劇として成立させようと奮闘していたとき、明治期の日本政府のお雇い外国人学者でもあったアーネスト・フェノロサ訳の能を知り、能の「異界」との繋がりを用いた様式的な表現に強い影響を受けます。

その影響を受けた最初の作品として、1916年に『鷹の井戸』が執筆した。イェイツは『鷹の井戸』から、晩年の『クーフリンの死』(1945初演)まで、15編の劇を書きましたが、大衆の理解はなかなか得られませんでした。

しかし、こういった詩作への変化がT.S.エリオットやモダニズム以降の詩人達に大きな影響を与えました。

イェイツはフェノロサの訳の中でも、特に『錦木』に強い影響を受けたと言われています。実際、イェイツの作品の中でも『錦木』の影響が顕著と言われる詩劇『骨の夢』はもっとも能に近づいた作品と言われています。

また、『鷹の井戸』は聖なる水をめぐる劇作であることから世阿弥作の能『養老』と、『エマーのただ一度の嫉妬』は女性の嫉妬と悪霊が取り憑くという内容から『葵上』と比較されることもあります。

目には見えないもの、あの世との橋渡し、女性の嫉妬と情念を描いた八雲とイエイツ。幾つかの作品の一部を次回から紹介しよう。

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