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迫真の留学日記12「ルームメイト不仲説」

 日付:2023年11月17日(木)
 位置:アメリカ カリフォルニア州(時差-17時間)
 身分:留学生
 天気:晴れ


 登場人物
・緑茶ドラゴン:書いている主、21歳日本人男性
・デイビッド:ルームメイト、21歳フランス人男性


 ただの留学日記というタイトルだと、あまりにも味気ない。朝ご飯のシリアルくらい味気ない。

 名は体を表すという言葉がある。ここでいう名とはタイトルのことで、体とはいようのことを指す。この言葉を信じるのであれば、タイトルにどのような日記にしたいかという期待をのせれば、その期待通りに作品が出来上がっていくはずだ。
ということで早速タイトルに私の期待を添えておくことにしておこう。


 今日の朝は、デイビッドの目覚ましに起こされた。デイビッドのアラームの音が、私と同じIPhoneにデフォルトで設定されている音なので、他人に起こされた感覚はなかった。朝からIPhoneの強みを一つ見つけた気分だった。

 シェアルームにおいて、特に気を遣う必要があるのは睡眠である。片方が先に寝ると、もう一方は忍びない気持ちになる。私の偏った統計では、ヨーロッパ人は10時にはパンツ一丁で床についているため、夜型人間の私はほとんどベッドに入るのがデイビッドよりも遅くなる。

  現在進行形で、今私は日記を書いているのだが、後ろを振り返るとパソコンの明かりで照らされたデイビッドの寝顔が見える。白みがかった肌の色と暗さが相まって妙に強調された顔である。もし振り返った時に、こちらを見つめていたら、私はその瞬間に眠りについてしまうと思う。

 デイビッドとはあまり会話をしない。これはお互いがあまり英語がうまくないというのも勿論あるのだが、恐らくどちらとも、喋らないことによる気楽さに気づいてしまっているのだと思う。

 これは一見すると、英語力を向上させるためにも、話しかけるべきだなるかもしれないが、常に何か話しかけてくるかもと身構え続けるのはかなりのストレスを感じるものである。現に一つ目のルームメイトとはとても仲良くなったが、プライベート空間がなさ過ぎて、日記を書こうという発想にすら生む余裕がなかったのであった。

 あと一か月でデイビッドは母国に帰ってしまう。私たちはこのまま浅い関係のままで終わると思う。

  果たして、デイビッドを見送った後に一人きりになった部屋で私は何を感じるのだろうか。またその時に車に乗って空港に向かうデイビッドの追憶の、一片にでも私は登場するのだろうか。

 もしかしたら、私の心の中のどこかで、別れの時の悲しさを感じないよう、予防線を張っていたのかもしれない。だとしたら私の無意識は悲しみを恐れすぎである。別れを恐れていたら新たな出会いはない。新たな出会いは何も他人だけとは限らない。新たな自分にも出会えなくなる。そっちの方が悲しい気がする。

 しかし、困ったことは、デイビッドともし仲良くなってしまうと、この日記の存在を打ち明ける日が来てしまうということである。

 それはまずい。このページに飛んで、Ctrl+A、Ctrl+Cで翻訳サイトにCtrl+Vされて、翻訳機さながらのつたないフランス語に直されようものなら、国際問題に発展してしまう。とりあえずはこの日記は隠しておこう。

 それにしても、デイビットから見た私は、毎晩三時間ほどパソコンの前で何かに悪戦苦闘する奇怪なアジア人男性である。まさか自分の様子を描写されているとは思わないだろう。『宴のあと』と同じようなことになりませんように、と七夕の短冊にでも書いておけばよかったと、日本への心残りがまた一つ増えた。

 そして、今日の夜も、日記に何を書こうか悩み、本を読んだり、散歩していた。散歩をしているときの目線の仰角は70度である。もちろん星をより多く目に映すためだ。この角度は足元のある程度の安全と、視界の星空率を考慮した結果最高の角度である。

  そうして、まっすぐ星を見上げながら歩いていると、一つの星が街灯の光に吸い込まれて消えてくのが見えた。街灯は、足元は照らしてくれるが、私からしたら、元から下を見て歩いていないため、余計なお世話である。興が冷めてしまった。私は、回れ右をして家の方に向かうと、家の近くにあるバスケットゴールのボードが、奥の家の非常警報器具の赤いランプの光を吸収して、何かを警告するように佇んでいるのに気がついた。


不定期開催毎日一口豆知識:アジア人には鯵が二匹いる。


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