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新体操選手をデータで読み取る:オリンピックチャンネルを参考に

 前々から、新体操はいろんな運動能力が求められるスポーツだと思っていましたが、それを検証する試みがなく、うーん…と思っていたところです。(私に測定をする能力はありません。)

 そんなときに、スポーツに関する雑多な情報を提供してくれる、youtubeのolympicチャンネルが、興味深いテーマの動画を投稿してくれました。題して、

「新体操選手を解剖:エカテリーナ・セレズネワの強さを分析」

動画元はこちらになります。

今回は、この動画をもとに、新体操選手をデータから見ていこうと思います。

エカテリーナ・セレズネワとは?

 さて、動画にて被験者となっているのは、ロシアの選手「エカテリーナ・セレズネワ」。この選手、新体操選手としては「苦労人」とも言えるべき人物と思っています。

 まず、彼女の年齢。彼女は1995年生まれ。動画内(2020年12月27日投稿)では24歳とありましたが、もう今頃25歳でしょう。これは、新体操選手としては超ベテランの領域に入ります。

 昨今、フィギュアスケート界では若年化が問題になっていますが、新体操も”若くないとやっていけない”スポーツです。一般的に、ピークは20歳と言われます。日本では、多くの選手が高校で引退し、長くても大学卒業までしか続けることはできません。これは新体操選手としてのキャリアステージが、大学という学生の期間しか用意されていないというものも原因の一つかと思いますが…これは別問題なのでここではさらっと触れる程度にしておきます。①幼いころからやっていないと競技では戦えない、②身体を酷使する、の二点から、自然と選手としてのキャリアが若くなる傾向があるのだと思われます。

 ただ、選手としての活躍は20歳がピークというのは、世界的にも言えることだと思います。例えば、リオ五輪チャンピオンのマルガリータ・マムーンは、2016年のリオで競技を引退しています。引退時の年齢は21歳。ちょっと驚いたのですが、マムーン、1995年生まれなのでセレズネワと同じ歳なんですね。マムーンが新体操の一線を走っているとき、セレズネワの名前は全く耳にすることがなかったので驚きです。

 もう一つは彼女の経歴です。マムーンと同年齢ということに驚くこともさながら、セレズネワが初めて世界選手権に出たのは2019年。しかも怪我(体調不良?)によって棄権したアレクサンドラ・ソルダトワの代役として出場したのです。セレズネワはこの世界選手権で、種目別フープで優勝しています。23歳で初出場の世界選手権、しかも代役での出場にも関わらず、優勝候補(同ロシアのアベリナ姉妹という双子がいたのですが)を抑えての優勝。

 もともとロシアは、新体操王国とも言われるほど新体操が盛んで、ロシアの女の子は、小さいころ必ず新体操を経験するとも聞いたことがあります。この話が本当かはわかりませんが、ロシアという国では、新体操が広く普及していることは事実でしょう。こうした背景もあり、ロシアの新体操のレベルは、他の国から見ても段違いです。オリンピックの個人競技では、2000年シドニー五輪から5連覇中。ここ2大会は、1位2位ともにロシアの選手です。

 そんなロシアの中で、セレズネワは実力はあるものの世界に駒を進めることはできない、国の4番手5番手にいたのだと思います。そんな彼女が、代役という形から世界へ羽ばたき、世界の頂点も夢ではないところに出てきたということですね。

 新体操選手としては異色の経歴をもつ彼女。年齢を重ねるごとに身体に関わる問題も出てくるかと思いますが、ロシアでここまで続けてこられているのは、きっちり自分と向き合いケアをしているからなんだろうなと想像します。

↑彼女に関して、こんなインタビューもあります。初の世界選手権が代役で決まったことに関連したものです。

ちょっと出てきた、ロシアの双子「アベリナ姉妹」はこちらから。2020年時点、世界のワンツーは彼女たちで、マルガリータ・マムーンの次の世代とも言えます。

もう一つ、リオチャンピオンのマルガリータ・マムーンの選手としての軌跡は、ドキュメントとして映画化されています。

動画のちょっとした解説

 さて、ここで、誠に勝手ながら動画に解説を加えてみようと思います。

↑セレズネワの演技を見てから読むと面白いかも?(2019年新体操世界選手権、種目別フープ決勝。彼女はこの演技で優勝する。) 

1 身体組成

 まず動画内では、4つの測定を行っています。

 一つ目は身体組成。ここでは体脂肪率8%という数字が出てきています。これくらいの体脂肪率である選手は、日本にも多くいると思います。決して低すぎる数字ではありません。私が中学生のころのクラブチームでは、8%でも多い方でした。(正確な体重計ではなかったかもしれません。多くの選手は5~6%でした。私は太っていたのでもっとありましたが笑笑)痩せているべきという考えが多くあるので、時に体脂肪率の低さからくる月経不順による疲労骨折が起こります。また、「痩せなければならない」という強迫観念から、拒食症や過食症になることもしばしば。新体操選手にとって、もっとも悩まされるテーマです。

 セレズネワは、見た感じもともと痩せ体質なように思います。実際、彼女も食事制限は大きな苦ではないと言う趣旨のことを話しています。ちょっといいなーと思いますが、努力をして体型を維持しているのは確かでしょう。

2 ジャンプ力

 次の測定は、ジャンプ力です。ここでは、脚の力のみを使った測定になっています。ここでも彼女は女性の平均値をはるかに超える数値を叩き出します。新体操には、ジャンプという技を入れなければならないルールがあります。このジャンプは、「空中で美しい姿勢が取れていること」が重要です。そのため直接高さを競うようなことはありませんが、全体の見栄えとして、ジャンプの高さは評価されます。また、ジャンプの高さは空中で綺麗な形を作るのにも求められるものです。おそらく体操競技の選手よりは劣る結果になるとは思いますが、瞬発系の脚力も身につくことは言えたでしょう。

 セレズネワのジャンプは、体操競技の選手のような「パーン」と弾けるようなものではなく、どちらかというと柔軟性に頼った控えめなジャンプです。つまり彼女は、ジャンプの空中姿勢を、柔軟性によって作っているということで、ジャンプの高さを極めたものではないということです。先に述べたように、新体操におけるジャンプは、高ければよいというわけではなく、「美しければよい」ものなので、彼女のジャンプは”あり”です。しかも、多くの新体操選手は、脚力によるジャンプではなく、柔軟性によるジャンプをしているように思います。よって、このデータは、多くの新体操選手に当てはまるものではないかと思います。

3 ウィンゲートテスト

 三つ目の測定は、ウィンゲートテスト。これは瞬発系の力をどれくらい維持できるか、というものです。ここで彼女は短距離選手やバスケットボール選手よりも低い疲労指数を得ます。つまり疲れにくいということです。

 これは新体操の隠れた特性であると思っています。個人競技は1分半、団体競技は2分半、力を抜くことなく、最初から最後までチョコたっぷりで頑張らなければいけません。しかも、最大の力をずっと出し続ける1分半ないし2分半の演技を、長い練習時間の中でし続けるのです。例えば、私は土日は平均6~8時間の練習をしていました。最初の1時間半がだいたいアップなので、残りの時間の多くは最大の力で動き続けているということになりますね。(そんなの無理なので時々手を抜いていましたが笑)

 最後までチョコたっぷりであるためには、見えない苦しさが必要なのですね。(何回トッポ出すねん)

4 最大酸素摂取量

 最後の測定は最大酸素摂取量。つまり持久力です。これもいい結果が期待できるのでは…と思っていましたが、期待を裏切らない結果を出しました。これも、先に述べた練習量と関係しているのだと思います。本番の1分半ないし2分半で力を出すには、その時間だけ耐えうる体力では話になりません。また、本番で成功の演技をするための過程に、多くの反復練習が伴います。新体操選手が持ち合わせている持久力は、競技に求められているからというよりは、練習に求められているからと言っても過言ではないように思います。

 ここでこの実験をする先生?やアナウンサー?は、口を揃えて言います。「有酸素だとは思っていなかった」と。私は耳を疑いましたが、あの煌びやかな新体操しか知らない方は、そう思ってもおかしくはないでしょう。選手は、その技が難しいことや、演技が苦しいことは出さないようにしているからです。苦しさを感じさせないことが、美しさの一つの条件であるから。

 私は声を大にして言いたい。「新体操選手のみなさん、お客さんを騙すのに成功しましたねー!」と。やっぱり最後までチョコたっぷり…には…苦しさ……。

まだまだある!?新体操選手の能力の可能性

 ここまで、動画を参考に、ロシアのベテラン新体操選手、エカテリーナ・セレズネワの身体能力についてデータで見てきました。私が補足したように、今回の結果は世界トップレベルの選手だけでなく、一般的に新体操を”競技として”行っている選手にも当てはまる結果であると思います。

 しかし、私はまだまだ新体操選手の能力には可能性があると思っています。思いつくところであれば、柔軟性、足先付近の筋力(新体操は常にかかとを上げた状態で動くので、アキレス腱を収縮させる力はとても強いと思います)、体幹、バランス感覚等々…。さらに、今回の実験は”身体の”能力に限定されていますが、新体操は、「手具」と呼ばれる道具を扱うことも重要で必要な能力です。とすれば、いろいろなことを同時に行う能力、手先の器用さ等も挙げられます。さらにさらに、音楽を伴う競技なのでリズム感も必要だし、ダンスの”センス”も要ります。あああ!チョコがたっぷり過ぎて際限ないです…。

 こんな多くの能力を駆使する新体操という競技は、まさに「美しい」に尽きるスポーツだと思います。ところで、新体操の英語訳である「rhythmic gymnastics」の「rhythmic」は、単なるリズムではないと思っています。「rhythmic」の語源をたどると、「調和」というワードが出てきます。〔註1〕新体操は、こうした多くの能力を調和させる必要があります。調和は「宇宙の原則」であり、「美」を語る上で欠かせない視点です。〔註2〕こうして点からも、やはり新体操は「美しい」のだと思います。

 これからも新体操の「美しさ」について、考察し続けていこうと思います(^-^)


註1 どの文献で読んだのか忘れましたが、確か美学系の文献だったと思います。木幡『美と芸術の論理』(1986)もしくは、今道『講座 美学1』『講座 美学2』(1984)あたりだったかと。見つけたら加筆修正します。

註2 木幡『美と芸術の論理』(1986) p,45

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