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「ランスロットとエレイン」第1回 美しい乙女エレインが見知らぬ騎士に恋心をいだくお話

こんにちは。百合子です。
長い間ご無沙汰してしまい申し訳ありませんでした。

新年度が始まって1ヶ月、慌ただしい毎日だった方も多いのではないでしょうか。漸く連休に入りましたが、ほっと一息、いう方ばかりではないと思います。最近は急に夏のように暑くなったり、肌寒かったりで、体調管理が難しい日が続いていますね。疲れがたまると風邪を引いたりしやすいそうですので、ご無理のないよう、どうぞご自愛くださいね。

今回から3回に分けて、アーサー王物語に含まれている美しい悲恋の物語「ランスロットとエレイン」の訳をお届けしたいと思います。これまでに翻訳はいくつも出ていると思いますが、あらためて自分で訳してみるとしみじみと胸に迫るものがありました。結末はわかっているのに何度でも読み返したくなる物語です。有名なお話なのでご存じの方も多いと思うのですが、ぜひご一緒に楽しんでいただけましたら幸いです。

今日の画像はダニエル・ハンティントンという画家の「有望な生徒」(1858)です。パブリック・ドメインからお借りしました。書斎で一人読書に没入している女性を包む静かな空気感に心惹かれました。

「ランスロットとエレイン」第1回

姫の名前はエレインといいました。ですが、姫があまりに美しかったので父上は姫を「麗しのエレイン」と呼んでいました。また、彼女があまりに愛らしかったので、兄上たちは妹を「愛しきエレイン」と呼んでいました。彼女はこの名前が一番気に入っておりました。

エレインが住むアストラト城のまわりで暮らす近郷の人々は、それとは別の、とても美しい名前で姫のことを呼んでおりました。彼女が白いゆったりとしたドレスをまとって人々の窓辺を通り過ぎるような時には、彼らは庭に咲く白百合を見ながら「姫様はまるでこの白百合のようにお背が高くて優美で清らかでいらっしゃる」と言いました。そして彼らは彼女のことを「アストラトの百合の乙女」と呼んだのでした。
 
エレインが一緒に暮らしていたのは、父上と2人の兄上と、彼女が赤ん坊の頃から仕えている年老いた口のきけない召使いだけでした。父上にとってエレインはいつ見ても快活で愛くるしい子供でしたが、姫だってそろそろお年頃を迎えていたのでした。謹厳な長兄トール卿が「賢い乙女たちは家にいて料理や裁縫をするのだよ」と話すのを聴いている彼女の神妙な面持ちを、父上はよくじっと見守っておりました。そしてトール卿が行ってしまうと彼女が気まぐれな様子で森へ駆けていくのをご覧になると、父上はお笑いになるのでした。

エレインは次兄のラヴェインと一緒に屋外で長い一日を楽しく過ごしました。蝶々を追いかけたり野の花々を集めたりするのに飽きると、彼らは松の木陰に座ってアーサー王の騎士たちや彼らの高潔な偉業について話し、話題に上った英雄たちに会ってみたいものだと願いました。

「ところで、今年はキャメロットで馬上槍試合が催されるんだったね。もしかしたらアストラトを通っていく騎士が何人かいるかもしれないよ。誰かに会えるかもしれないね」とラヴェインは妹に言いました。そこでエレインとラヴェインは馬上槍試合が始まる日を指折り数えて待ちました。
 
さて、アーサー王は馬上槍試合で最も天晴れに戦った騎士に大きなダイヤモンドを賞品として与えることにしました。しかし騎士達は、「我々には賞品を勝ち得る望みはないね。なにしろランスロット卿が参戦するのだから。アーサー王の宮廷随一の騎士を前に誰が立ち向かえようか」と互いに囁き会いました。

騎士達が互いに言っていることを耳にした王妃は、「そなたが参戦するならば騎士達がどれほど勇気と希望を失うことでしょう」とランスロットに言いました。王妃は続けて言いました。「彼らは試合場でそなたを見ると、何かの魔法がかかっていると思い始め、全力で闘うことができなくなるのです。でも私に考えがあります。そなたはキャメロットでの馬上槍試合に変装して行きなさい。騎士達は自分が誰と闘っているのかわからないわけですが、それでもやっぱりランスロットの豪腕に敗北する、というわけです。」そして、王妃は彼を見上げてにっこりと微笑みました。
 
そこでランスロットは変装し、宮廷を出発してキャメロットへと馬を進めました。しかし、アストラトの近くで道に迷い、古い城の敷地へと迷い込んでしまいました。ちょうどそこにエレインが父上と二人の兄上と一緒にいたのでした。エレインの父上である年老いた領主は騎士を歓迎しました。ラヴェインとエレインは「大勢の騎士様がキャメロットへと通り過ぎていくのを見ているより、このほうがいいね」と囁き合いました。

ランスロットはアストラトに夜まで滞在し、アーサー王の宮廷の話をいろいろと語りました。彼の声を聴き、度重なる闘いで受けた傷跡のある彼の顔を見ていると、エレインとラヴェインは彼に心を惹かれました。「この方の従者にしていただいて随行しよう」とラヴェインは考え、エレインもこの見知らぬ騎士についていきたいと願いました。しかし、謹厳な長兄トール卿は見知らぬ客人を暗鬱な面持ちで見つめ、彼がアストラトに来なければよかったのに、と思いました。
 
その夜、ランスロット卿は領主に、「実は変装して馬上槍試合に行く途中なのですが、間違えて自分の盾を持ってきてしまいました。もし別な盾を拝借できるようでしたら、キャメロットから戻るまで私の盾を預かっていただけませんか」と言いました。そこで彼らはトール卿の盾を彼に渡しました。と言いますのは、トール卿は初陣の時に負傷してしまったので試合に行くことができなかったからです。エレインはいそいそと駆け寄り、見知らぬ騎士の盾を大切に預かりました。しかし誰一人、それがランスロット卿であるとは知りませんでした。何故なら彼は名乗りませんでしたから。
 
エレインは預かった盾を抱えて小さな自室へと塔の階段を昇っていきました。そして彼女は盾を部屋の隅に注意深く立てかけて、こんなことを考えました。「この盾の覆いを縫おう。傷がついたり輝きが曇ったりしないように」

それから再び階下へと降りていきますと、騎士は出発しようとしているところでした。そしてラヴェインも出発するところでした。「お兄様は従者に取り立てて下さるよう騎士様にお願いしたのだわ」と彼女は思いました。「私はご一緒できないけれど、試合では私の贈り物を身に付けて下さるようあの方にお願いすることはできるんじゃないかしら」と彼女は悲しげに呟きました。と言いますのも、当時、騎士は彼を愛する貴婦人のリボンを身に付けることがしばしばあったからです。
 
とてもはにかみながらエレインは騎士に、「試合では私の贈り物を身に付けてくださいませんか」と望みを伝えました。それは赤い片袖で、白い真珠の縁取りがついていました。愛と信頼を瞳にたたえて自分を見上げるエレインはなんて美しいのだろう、とランスロットは思いました。しかし、彼は礼儀正しく彼女に告げました。「私はこれまで一度も貴婦人の贈り物を身に付けたことがなく、あなたの贈り物も身に付けることができないのです」

すると彼女はおずおずと、「もし今まで一つも身に帯びたことがないのでしたら、これをお付けくださいませ」と促しました。「そうすればあなた様の変装はもっと完全なものとなるでしょう」

ランスロットは彼女が言ったことになるほどと思い、真珠で縁取られた彼女の赤い袖を受取り、それを兜に結わえ付けました。エレインは嬉しく思いました。

騎士とラヴェインが馬に乗って行ってしまうと、彼女は再び小さな自室へと塔の階段を昇っていきました。彼女は部屋の隅からあの盾を取り出し、表面の傷やへこみに優しく手で触れ、この盾が彼女の騎士とともにくぐり抜けてきた闘いや試合の全てを思い描きました。それからエレインは腰掛けて縫い物をしました。トール卿が賢明な乙女達にしてほしいと思っている通りに。でも、彼女が縫ったのはその盾のための美しい覆いでした。そしてそれはトール卿が彼女にしてほしくないことだったのです。というのも、彼は例の見知らぬ騎士も彼の盾もどちらも気に入らなかったからです。


今回はここまでです。
お読み下さりありがとうございました。

エレインの恋は叶うのでしょうか。
次回をどうぞお楽しみに。

「ランスロットとエレイン」第2回、第3回はこちらからどうぞ。


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