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「青髯」第1回

こんにちは。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。

勤め先のお庭にはナツツバキの木が4本植わっています。
ナツツバキは6月上旬から中旬ごろまで椿に似た花をつける落葉樹です。
『平家物語』の冒頭に出てくる沙羅双樹に似ているそうです。
清楚で可憐な白い花は気品をたたえ、花言葉は「愛らしさ」、また、朝開けば夕べには落花するために「はかない美しさ」とも。花びらは散らず、花の形を保ったまま落花するので、地面に落ちた姿は美しいですが、哀れをもよおします。
そろそろ花も終わりですが、毎年この花を見ることができるだけでも、今の勤め先でお勤めする甲斐があるというものです。

本日より2回にわたって「青髯」をお送りいたします。
恐ろしいお話ですが、考えさせられることも多い物語です。
よろしければご一緒にお付き合いください。

※ テキストは、シャルル・ペロー作「青髯」(Charles Perrault, "La Barbe bleüe," Histoires ou contes du temps passé, avec des moralités: Contes de ma mère l'Oye (Paris, 1697))の英訳編集版です。
Andrew Lang, The Blue Fairy Book (London: ca. 1889), pp. 290-295.
Edited by D. L. Ashliman.


「青髯」第1回

昔、あるところに一人の男がおりました。この男は立派な屋敷を町にも田舎にも所有しておりました。また、たくさんの金銀の食器や、刺繍のある家具調度類や、一面金張りの馬車も持っておりました。しかし、とても不運なことにこの男には青い色の髭がありましたので、そのためにぞっとするほど醜く見えたものですから、ご婦人方も娘たちも皆、彼から逃げ出してしまうのでした。

この男の近隣にお住まいのさる身分の高い奥様には二人のご令嬢がありましたが、どちらも申し分のない美人でした。彼は奥様に令嬢のどちらかと結婚したいと申し出て、二人のうちどちらを彼にくださるかは奥様にお任せすることにしました。どちらの令嬢も彼を夫にしたくなかったので、お互いに彼を押しつけ合っておりました。青髯をたくわえた殿方との結婚だなんて、考えるのも耐えられませんでしたから。それに、彼は既に何人もの奥方と結婚しているのに彼女たちがどうなったのか誰も知らないという事実が、令嬢たちの厭わしさと嫌悪感を増し加えたのでした。

青髯は、彼女たちの好意を引き出そうと、二人を田舎にある自分の屋敷の一つへと招待しました。母上や知り合いの三、四名の貴婦人方、それに近隣の若い人々も一緒に招かれ、一同はまるまる一週間そこに滞在しました。

そこでの一週間は、パーティや狩猟や魚釣り、ダンスや宴会、そしてご馳走に明け暮れ、誰も寝に行かず、一晩中愉快に楽しんだり冗談を言い合ったりして過ごしました。手短かに申しますと、全てが実に上首尾だったものですから、年下のほうの令嬢はこんなふうに思い始めたのです。
「あの方のお髭は実際のところそれほど青いというわけじゃないわ。それにあの方はなかなか礼儀をわきまえた紳士でいらっしゃるわ。」

一同が家に戻りますとすぐ結婚式が行われ、とどこおりなく終りました。
その一ヶ月後のこと、青髯は妻に告げました。
「重要な用件で田舎の方へ旅に出なければならなくなった。少なくとも六週間はかかるよ。」
彼は自分の留守中、妻には気晴らしをして機嫌良く過ごしてもらいたいと望み、「もしお前がそうしたいなら友達や知り合いをお客に呼んで一緒に田舎へ出かけてもよいのだよ。とにかくお前にはどこでも楽しく過ごしてほしいのだ」と言いました。

彼は言いました。
「ここにあの二つの大きな家具部屋の鍵がある。私の最上の家具を入れている部屋のことだ。これらの鍵は日常には使わない金銀の食器用だ。これは金箱を開ける用で、私の金がしまってある。金貨も銀貨も両方だ。こちらは宝石箱のだよ。そしてこれが全部の部屋を開けられる親鍵だ。

それから、ここにあるこの小さいのは、一階の長廊下のつきあたりにある小部屋の鍵だよ。全部開けてみて、一つずつ入ってみてごらん。もっとも、あの小部屋を除いてだがね。あの小部屋を開けることは禁止する。もしお前があそこを開けたりしたら、私の当然の怒りと憤りをお前は覚悟することになるだろう。」

彼女は彼が命じたことは何でもきちんと守ることを約束しました。そして彼は彼女を抱きしめると、馬車に乗り込み旅立っていきました。

近隣の人々や彼女の親友たちは新婚の奥方からお呼びがかかるのを待ってはいられませんでした。皆、彼女の屋敷の豪華な調度類をすっかり見たくてしかたがなかったのです。でも、あの青い髭が怖かったものですから夫君がいる間はやって来る勇気がなかったのでした。彼らはあらゆる部屋、小部屋、衣装部屋に駆け込みました。どれも本当に立派で豪華なので、どれを見ても他の部屋よりももっと素晴らしいように思われるのでした。

その後彼らは上の階の二つの大きな部屋へと足を踏み入れました。そこには最上のこのうえなく豪華な家具類がありました。タペストリーやベッドや寝椅子、飾り棚、小卓、テーブルといった品々がなんと数多くあることか、なんと美しいことか、いくら賛嘆しても足りないくらいでした。頭の天辺から足までを写すことができる姿見も幾つもありましたが、ガラスの縁がついているものや銀の縁がついているもの、装飾がないものや金箔を被せたものもあり、どれも見たこともないほど立派で実に堂々たるものでした。

お客たちは友達の幸福を褒めそやしたりうらやましがったりすることをやめませんでした。でも当の本人はこのすべての豪華な品々を見ても全く楽しくありませんでした。なぜなら、彼女は一階の例の小部屋へ行って開けてみたくてたまらなかったからでした。彼女は好奇心に急き立てられるまま、裏手にある小さな階段を降りていきました。お客を放っておくのはとても不躾なことだと考えることすらしませんでした。あまりに急ぎすぎたのでもう少しで足を踏み外して首を折るところでした。

小部屋のドアのところに来ると、彼女はしばらくの間じっとしていました。夫の言いつけのことを考え、言いつけに背いた場合にはどんな不幸が身にふりかかるであろうかと考えながら。しかし、誘惑はあまりに強く彼女はそれに打ち勝つことができませんでした。そこで彼女は例の小さな鍵を手に取り、震えながらドアを開けました。

最初何もはっきりとは見えませんでした。なぜなら窓が閉められていたからです。暫くすると彼女は小部屋の床が血糊で一面おおわれているのがわかってきました。その血の上には何人もの死んだ女性たちの亡骸が壁に向かって一列に並べられて横たえられていました。(それは皆青髯が次々と結婚しては殺した妻たちだったのです。)あまりの恐怖のために死んでしまうのではないかと彼女は思いました。彼女が錠前から引き抜いた例の鍵は手からすべり落ちました。

驚愕からいくらか回復しますと、彼女は鍵を拾い上げ、ドアに鍵をかけ、気持ちを鎮めるために階段を昇って自分の部屋へと行きました。しかし、落着くことはできませんでした。それほど彼女は肝をつぶしたのでした。

あの小部屋の鍵が血でよごれているのを見ると、彼女は二、三度その血を拭き取ろうとしました。しかし、血はどうしても消えませんでした。洗ってみましたが無駄でした。石鹼と磨き砂でこすってみましたが、血はやはり残っていました。実は、その鍵には魔法がかかっており、それをすっかりきれいにすることは彼女には決してできなかったのです。血は鍵の片側から消えたと思ったら、今度は反対側に現われるのでした。


今回はここまでです。
お読みくださりありがとうございました。
次回をどうぞお楽しみに。

※「青髯」第2回はこちらからどうぞ。


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