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『7人の聖勇士の物語』第5章(2) フランスの騎士聖デニスと従者のド・クラポウが美しい妖精の貴婦人のお仕置きを受けて災難に遭うお話の続き

こんにちは。
いつもお読みくださりありがとうございます。

自宅近くの道路端の草むらに木槿(むくげ)の花が咲いていました。
木槿は芙蓉(ふよう)と花が似ているので区別が難しいのですが、ギザギザした
小さな葉がついているのが木槿で、大きな手のひらのような形の葉をしているのが芙蓉だそうです。

鋭くて手が切れそうな葉っぱの草むらに囲まれながら、優しく美しい花を咲かせている木槿の姿を見ていると、なんだか勇気づけられました。辛くて泣いてしまいそうな日もあるけれど、心の中に優しい花を咲かせ続けようと。

『7人の聖勇士の物語』の続きです。
前回に続いて、フランスの騎士聖デニスと従者のル・クラポウが遭遇した冒険のお話です。空腹の二人が桑の実を食べていると、たいへんなことが起こります。

『7人の聖勇士の物語』
第5章 フランスの聖デニスの冒険(2)

騎士は従者よりもゆっくりと食べていたのですが、自分の分を食べ終わるか終らないうちに、かん高いロバの鳴き声がすぐ近くで聞こえました。見回しますと、びっくりしたことに、従者のかわりにお腹をすかせた様子のロバがそばに立っており、ル・クラポウの空の兜に鼻先を突っ込んでいるのが見えました。
 
妙だなと思いながらも、無意識に桑の実を食べ終わりますと、彼は頭と手足になんとも嫌な感じがしてきました。地面から立ち上がり、身を震わせましたところ、鋼の武具の耳慣れたガチャガチャいう音はせず、何の音もしませんでした。彼は鼻をかきたいと思いましたが、腕は下がったままのようなのです。ル・クラポウを呼ぼうとしても、闘いの最中にしばしば大声で叫ぶいつもの男らしい声ではなく、弱々しい鳴き声だけが喉から出てきました。彼はロバを見ました。すると、ロバは彼を見て、実に悲しげな表情で頭を振りました。何か奇妙なことが起こったのではないかと彼は不安になりました。
 
彼がどこへ行こうとロバはついてきました。桑の木から離れてさまよい歩いていると水晶のように透き通った湖にやってきました。湖に近寄り、鏡のような水面を覗き込みますと、鋼の武具をまとった戦士ではなく長い角ともじゃもじゃの毛皮におおわれた鹿が見えたものですから、彼は狼狽して後ろへとびすさりました。彼は、空腹でたまらなくなると自分が草を食べたり、さらさら流れる小川に鼻先を突っ込んだりしているのに気付きました。そして、お供のロバはいつもそばにいるのでした。地下牢に閉じ込められている聖ジョージの境遇も哀れですけれども、聖デニスの境遇はそれにもましてひどいものでした。
 
こうして何年もの間、彼は持って生まれた姿を取り戻すことができませんでした。彼は、あの桑の木がこの不幸の原因だと思い、何度も桑の木のところへ戻ってみました。自分をもてなしてくれたあの妖精の貴婦人がこのことと何か関係があるのでは、という考えは浮かびませんでした。あるとき、桑の木のところへやってきた彼は、怒りを抑えることができず、木に角を打ち付けましたので、もう少しで角を折ってしまうところでした。お供のロバも同じ事をしましたが、頭に主人の角のような防護物をもっていませんでしたのでものすごく激しく頭を打ち付け、後ろへよろめいて弱り果て、地面にうずくまりました。聖デニスがもう一度突きかかろうとしたとき、木の幹からうつろな声が言葉を発するのが聞こえました。
 
「悲しむのはおやめ下さい、名高いフランスのお方。私の嘆きにお優しい耳を傾けてくださいませ!昔、私は誰よりも高慢な乙女でした。そしてそれが命取りとなったのです。
 
王の娘として私は生まれました。
それなのに、今では木の姿、息もせず、感覚もありません。
私はとても高慢でしたので、天の呪いを受けたのです。
自分を女神だと自惚れて、自然が与えてくれたものは卑しすぎると思っておりました。自分は他の誰にも勝っていると考えていたのです。
 
神と人との間に生まれた者が飲食するネクターとアンブロジアが自分にはふさわしいと思いました。高慢のあまり最上等の麦で作ったパンを軽蔑し、もっと高価な食べ物を毎日欲しがりました。肉は精錬した黄金と一緒に茹でたものでなければ嫌でした。こんなふうに思い上がっていたので、私の感覚はすっかり役に立たなくなったのです。
 
そして、残酷な運命が私の姿を変えてしまいました。
人間の姿からこの感覚の無い木の姿へと。
 
あなたは7年の間、鹿の姿のままでいなければなりません。時が満ちると魔法の固い定めにより紫の薔薇があなたを元の姿に戻してくれるでしょう。そしてついにあなたの悲しい不幸を終らせてくれるでしょう。そのときには、私が閉じ込められているこの宿命の木を必ず真っ二つに断ち切って下さいますように。」
 
この不思議な言葉を聞いて騎士は気を失いそうになりました。そして、どのぐらいの間鹿の姿でいる定めかを理解しました。お供のロバもその言葉を聞き、記憶にとどめました。毎日、主人が眠っている間に、彼は紫の薔薇を探してその土地を歩き回りましたが、毎晩何も得られぬまま戻ってきました。このようにして7年間は悲しく過ぎていったのです。
 
ある日のこと、ロバは時が過ぎるのにも気付かず駆け回り、あちらこちらで立ち止まってはもの悲しい鳴き声をたてておりました。彼の鼻腔は何本かの薔薇の香りを嗅ぎました。彼は、その薔薇を食べたい、という衝動に駆られました。もっと近寄ってつぶさに見てみると、薔薇は輝くように美しく、紫色をしていることがわかりました。何本か摘み取ると、彼は聖デニスのところへと駆け戻りました。嬉しくていななきたいところでしたが、そんなことをすれば薔薇を落としてしまったでしょう。それで、彼は薔薇を主人の鼻先に置くまで我慢しました。忠実なロバが薔薇をむしゃむしゃ食べているのを見て、すぐに騎士も食べ始めました。途端に麻痺が彼らを襲い、彼らは緑の芝生の上に倒れて横たわりました。
 
ほどなくして異様な感覚が二人を覆いました。角や蹄は緩み始め、皮膚は折り重なってめくれ上がりました。清々しい俄雨が降り、騎士も従者も目を開けると自分たちがもはや野獣の姿ではなくなっていることに気付き、尽きせぬ喜びを覚えました。彼らはもとの美しい姿に戻っており、毛むくじゃらの獣皮はもぬけのからになって地面に落ちておりました。近くには彼らの武具があり、磨かれるのを悲しげに待っておりました。また、彼らの愛馬は、長い間周囲の豊かな牧場を歩き回っていましたが、彼らの姿を見るや主人と認め、再び彼らを戦いの場や名誉の場へと運ぶため、速歩で駆け戻ってきました。
 
彼らが真っ先にした仕事は武具と武器を磨き上げることでした。何時間もこすり、磨きましたので、すっかり疲れてしまうほどでした。
 
「あそこの麗しい奥方の立派な城で怠惰に時を過ごさなかったなら、私たちはこんな苦労もしなかったし、この7年間をもっと楽しく有益に過ごせたかもしれないな。」と、ごしごしこすりながら聖デニスは言いました。
 
「確かに、ご主人様、私としましては、ご婦人方とお近づきになりますと、お別れする気に全くなりませんのが弱点でして。でも、とても厳しい教訓を得ましたから、今後は行いを改めたいと思います。」
 
ついに武器を磨く仕事が完了すると、戦士は桑の木が語ったことを思い出しました。そこで、剣を抜き、その頑丈な幹を見事一撃で真っ二つに断ちました。
 
たちまち明るい炎のような光がきらめき、その中から一人の美しい乙女が現われました。乙女は桑の木が養った無数の蚕の繭から作られた黄色い絹の衣装をまとっていました。
 
「おお、自然の最高に甘美にして希有な飾りよ!」と騎士は、彼女にむかって低くお辞儀をしながら感嘆の声をあげました。従者もそれに倣いました。
「優美なる白鳥の羽毛にもまして美しく、暁の女神の朝の顔色をはるかにしのぐ麗しさ。あらゆる佳人の中でも最も美しい方よ、あなた様に、あなた様の美しさだけに、私はここでへりくだり、我が愛をお捧げいたします。ですから、おっしゃってください、我が心が真の献身をお捧げせねばならないあなた様はどなたでいらっしゃるのか、あなた様のお生まれについて、どなたの娘御でいらっしゃるのか、そして、あなた様のお名前を。」
 
このような言葉を久しくかけられずにいた乙女は、たいそう喜びました。そして、彼女の名前はエグランティーヌといい、隣国アルメニアの王の娘であることを告げ、父王の宮廷では彼を喜んでお迎えするでしょうと請合いました。
 
王女を父王のもとへ送り届ける道中、彼とル・クラポウが殺した凶暴な巨人や獰猛なライオンの数はわかりませんが、たくさんだったことは確かです。また、自分たちに託された大切な王女を連れ去ろうとやってきた異教徒の大群を追い払ったりもしました。ル・クラポウは細かいこともなおざりにせぬように気を付けましたし、聖デニスも黙って見ぬふりをするようなことはありませんでした。アルメニア王は、娘が永遠に失われたものと思い長い間嘆いておりました。そのため、娘を助け出してくれたフランスの騎士にたいそう感謝し、ただちに彼女を彼と結婚させようと約束しました。そして、王の宮廷が催すことができる限りの、いとも豪華な晩餐会と舞踏会、その他の楽しい気晴らしで彼をもてなしました。

今日はここまでです。
聖デニスとル・クラポウは、好意を示してくれた妖精の貴婦人に不誠実な態度で報いたので、その罰として鹿とロバの姿に変えられ、7年間も苦しみました。また、エグランティーヌ王女も、あまりに高慢だった罰として桑の木に閉じ込められていました。人間として当然守るべき誠意や礼節や謙虚さを欠いたため、知性のない動物や感覚のない樹木の姿で過ごさねばならなかったのですね。

次回から、スペインの騎士聖ジェームズの冒険の物語が始まります。
どうぞお楽しみに!


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