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驚異的!ジョスカン・デ・プレの「二重カノン」

 2021年は、初期ルネサンス・フランドル楽派の巨匠ジョスカン・デ・プレ没後500年の年で、その作品が多く演奏される年となるでしょう。今回はジョスカンの作品「二重カノン」Salve reginaを紹介。

 その前に、この時代のポリフォニー(多声音楽)の作曲法はというと、まずテノールのパートにグレゴリオ聖歌の旋律が置かれ、それ以外のパートにそれぞれ対旋律がつけられている。もともと「テノール」にはラテン語で「tenere=保つ」という意味があり、ここにグレゴリオ聖歌や時には古謡の旋律が定旋律として置かれました。
 
 ジョスカン作の「Inviolata, integra et casta es Maria(けがれなき罪なき貞淑なマリア)」の写本を見てみましょう。

Inviolataスコア


 「Inviolata~」のグレゴリオ聖歌が置かれているテノールに注目すると、印(黄色で囲んだ部分)があります。これは、テノールは2パートに分かれ、パート①が印のところまで歌ったら、パート②が同じ譜面で冒頭から5度上で歌い始めよ、という指示。これが【カノン】の手法です。つまり譜面上4声ですが、都合5声となりより豊かな曲となっています。

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        ①ファーファファソーラー
                 ②ドードドレーミー(①の5度上)

 さて、本題のジョスカン・デ・プレ作の二重カノン『Salve regina』、SATBの4声ですが譜面は2パートしかありません。それは、左側譜面のスペリウスとアルトゥス、右側譜面のテノールとバッススがそれぞれカノンになっているからです。

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 ↓冒頭を拡大した譜面を見ると「∴」の印があり、先のパートがこの印に来たら、後のパートは冒頭から4度上で歌う、という指示があります。

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 わかりやすい現代譜のスコアで見てみましょう。SとA、TとBがそれぞれ4度上でのカノンになっていますね。↓

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 面白いのは、カノンで後から歌い出す方が、先のパートがある程度の長さのフレーズを歌ってから入るのではなく、㊟「1拍」ずれのカノンになっているところです。また、ジョスカンが不協和音や連続4度5度を避けるように細かくブラッシュアップしているのも見てとれます。しかしながら、厳格な「二重カノン」自体の複雑さゆえに、大きく美しいフレーズというものが創りにくい、という側面もあると思うのですが、「二重カノン」であるにもかかわらずダイナミクスなど構成された1つの曲として完成していることが驚異的でもあります!

 さあ、2つのカノンがドッキングしたこの曲、響きはどのようなものでしょうか?
実際のアンサンブルをお聴きになりたい方もあるかと思うので、現代譜ですが、譜面と共に聴けるThe King’s Singersの動画を紹介します。

◆ジョスカン・デ・プレ【Salve regina】a4
 演奏:The King’s Singers

 冒頭で触れた5声の【Inviolata, integra et casta es Maria(けがれなき罪なき貞淑なマリア)】についても、やはり現代譜と共に聴ける動画をあげておくので興味のある方はご覧下さい。この動画では、テノールのパートを、AltusとTenor2とでカノンをおこなっています。
 この曲は旋律の美しさが際立つ傑作で、特に O benigna! O Regina! O Maria!(おお!なんと恵み深き元后、マリアよ!)の感嘆の表現は胸を打つ。

◆ジョスカン・デ・プレ【Inviolata, integra et casta es Maria】a5
 演奏:Ensemble Jachet de Mantoue

 ルネサンス・ポリフォニーは、現代譜で読むのと写本で読むのとでは音楽の見え方、捉え方が変わってきます。現代譜でしか歌ったことのない方には、ぜひ一度計量記譜法で書かれた当時の写本で取り組むことをおすすめします。きっと新たな世界が広がりますよ! 
                             2021.4.17


㊟この時代の音楽は拍、拍子の概念がないので、ここでは便宜上セミ・ブレヴィス(◇の音符)を1拍ということにしています。


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