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超短編小説「おなかの鳴る人」

腹が減るとおなかの鳴る人がいた。
ただの音じゃない。
同じ部屋にいるすべての人に聞こえる大きさで、「ぴゅふぇ~」となんとも間の抜けた音が出るのだ。

そのせいで彼の人生にはろくなことがなかった。
小学校に入ると、初めてそのへんてこな音を耳にしたクラスメイトたちは狂喜し、それからというものこの「ぴゅふぇ~」を待ち構えては彼をバカにした。
先生も「あなたのおかげで授業にならないからちゃんとごはんを食べてきなさい」と彼を咎めた。
しかし、おなかがパンクするほどごはんを食べても、3時間目には決まって「ぴゅふぇ~」はやってきた。

成人して仕事を始めてからも、彼の悩みは深まるばかりだった。
会議の前には資料を作るよりおなかが鳴らないように腹を満たすことが先決だ。
こっそり間食していると、上司から「随分と余裕があるようだな」と嫌味を言われた。
客先で重要なプレゼンをバシッと決めた時に限ってあの「ぴゅふぇ~」が出てしまい、不評を買って受注を逃したことも数えきれない。

知人の結婚式では「一生の思い出が台無しだよ」と途中退場を宣告された。
葬式では悲しみに暮れる場をしらけさせ、薄情者のレッテルを貼られた。
意を決して女性を食事に誘ったことも何度かある。
だが、「ぴゅふぇ~」が来るたび「なんかムードないよね」「私といるのつまらない?」などと冷たい言葉を残して彼女たちは去っていった。

誰かにつらい胸の内を話したところで、
「誰だって腹が減ればおなかが鳴るもんだよ」
「おなかが鳴るならこまめに食べればいいだけでしょ」
「世の中にはもっとつらい状況の人がいくらでもいるぞ」
と流されるのが常だった。

彼は旅に出ることにした。
誰も自分を知らない場所へ行きたかった。

トッカカという小さな国を訪れた時のこと。
彼の「ぴゅふぇ~」を耳にした人々は、笑い転げて彼に握手や抱擁を求めてきた。
何と言っているのかはわからないが、大層喜んでいるようだ。
中には涙を流す者までいる。
たちまちニュースや新聞に取り上げられ、数日後にはついに国王の耳にまで届いた。

王はさっそく使者を遣わせ、彼を宮廷へ招いた。
国王のお呼びとあらば、参上する以外に選択肢はない。
だが、「ぴゅふぇ~」は狙ったときに出るわけではないのだ。
それに運よく出たとしても、こんなことかと王を落胆させ、憤慨させはしないだろうか。

しかしそれは杞憂だった。
国王は彼のために国一番のごちそうを用意させていた。
挨拶も済まないうちに彼のおなかの「ぴゅふぇ~」は最高潮に達し、一同大爆笑。
「見よ、姫が!姫が笑っておる!」
王様の視線の先には、手足をばたつかせて笑う姫の姿があった。
一頻りの笑いの後、王様は語った。
「6年前に妃が病で先立った後、姫は心を閉ざし何事にも笑わなくなった。そなたは姫を救ってくれたのだ。ぜひともこの国に残り、姫を笑わせ続けてもらいたい」
突拍子もない申し出だったが、彼には断る理由が浮かばなかった。

トッカカ人となった彼は多くの人に愛され、笑いの絶えない一生を送った

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