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残飯0の呪縛

令和の時代にまさかの取り組み

小学校教員をしていたときに
給食で「残飯0を目指そう!」という取り組みがありました。
達成できたクラスは表彰されるのです。

私のクラスは一度も表彰されたことがありませんでした。

そのことで、同僚の先生から
「麦原先生、もっときちんと指導しなくちゃ。」と小言をもらったこともたくさんありました。

勤務校では
「残飯0の学級は良いクラス。先生の指導力の賜物である。」といった風潮がありました。
個人的には「‥いつの時代の話?!」という感じなのですが、学校現場ではわりとまだある風潮なのではと思います。

完食へのこだわり

食べ物に感謝をして食べること
好き嫌いをせずになんでも食べること
は、誰がなんと言おうと良いことです。
残さずに全部食べることは大切なことだとも思います。

でも
完食することにこだわりすぎるのも
学校給食の場では危険なような気もしています。

給食が怖くて不登校になった子

「食べ物に感謝していること」と「残さずに食べられること」はイコールでつなげません。
どんなに感謝していても、
どんなにもったいないと思っていても
全てを食べ切ることが難しい子どもはたくさんいます。

残すことをみんなの前で叱責したり
無理に食べさせるような雰囲気を作ったり‥

これらの間違った教師の対応で、子どもの心に傷を作ってしまうかもしれません。
実際に、「給食が不安だから」という理由で
不登校気味になってしまった子も知っています。

楽しくて安心できる給食を

「早い者勝ち」
「弱肉強食」
‥こんな言葉が似合う給食は、嫌です。
でも残飯0を達成しようとすると、どうしても
早く多く食べられる子が重宝されて
ゆっくりのんびり食べる子は肩身が狭くなります。

どの子にも、一人分の食事が用意されていて
自分のペースで自分に合った量を食べられる。

これが子どもたちの安心になると思うんです。
安心できるから、楽しめるし
安心できるから、チャレンジもできる。

ヒヤヒヤしたり、ビクビクしたりしながら食べる給食はきっと辛いものだと思います。

そのため私は
食べ物を大切に、という指導はもちろん必要なときはしましたが
無理に完食を促すようなことはしませんでした。

ヘラヘラしてても子どもたちは守る!

残飯0の取り組みに全く参加しない我がクラス。
「お残しはゆるしまへんで〜」タイプの先生から
「麦原先生‥!!」とお叱りを受けることはよくありました。

その度にわたしは
「へへ‥すみません。がんばります。」と
へらへらしておりました。

まだ教員なりたての私は、先輩の先生方に
「残飯0を目指す中で、苦しい思いをしている子もいると思うんです‥!」と
意見することができませんでした。
かといって、
子どもたちに完食を強要するようなことだけはしたくありませんでした。

子どもたちを守れるのは私だけだと思っていました。
こんなやり方でしか抵抗できない自分が恥ずかしいと思いながらも、
子どもたちのためなら教員として馬鹿にされてもいいと本気で思っていました。

寄せられた感謝の言葉

周りの先生からの評価は悪かったのですが、
子どもたちやお家の人からは
たくさんの感謝の言葉をいただきました。

特に印象的だったのは
比較的よく食べるタイプの元気な女の子のお母さんからの言葉でした。

「うちの子、前の学年ではしょっちゅう帰ってきてトイレに駆け込んで‥。残り物を食べるのを頑張りすぎて、よく食べ過ぎていたんです。本人は期待されるから頑張りたかったみたいですけど、親としては心配でした。」

‥残飯0のために、苦しい思いをするのは少食や偏食の子だけではありませんでした。
健気な子どもたちは、食事の場面でも
自分の満足感よりも
期待された自分でいようと頑張っているのです。

私が怒られることで、
子どもたちが安心して給食を楽しめるのなら
いくらでもヘラヘラしていよう‥
そんなことを思って担任をしていました。

親になった今、息子が幼稚園から帰ってきて
「にんじんを食べないと遊んじゃダメって‥先生が怒るの。」
とやっぱりとても不安な気持ちになります。

野菜が食べられた方がいいのはもちろんそうだけれど、
「みんなと食べると楽しい」
「好きなものが増えたらいいな」

と素直に思える環境で過ごしてほしいなと願っています。

最後まで読んでくださってありがとうございました!

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