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われわれは、どう学ぶか。

■大学院生の生活は、いろいろと悩ましいものです。

(この記事には値札がついていますが、最後まで読めます。お捻りは数学活動の足しにいたします)

<ご質問> 自分は代数専門の院生なんですが、学部の時に解析や幾何から逃げて以来それらがさっぱりわからないままです。それらの知識がすぐいるというわけでもないし、むしろ本業の専門で結果を出さなければいけないので勉強の時間も割くべきではないのですが、どうも「自分は学部レベルの議論ですらわからない」とか「せっかく数学やってて解析や幾何をろくにやらないのはよくないんじゃないか」とか妙にコンプレックスを感じてしまいます。折り合いをどうつけたらいいでしょうか。

ぼく自身の話

 まずはぼく自身の話から始めるより他はなさそうです。ぼくも、やはり代数学専攻の大学院生でした。そして, やはり質問者さんと同じように、幾何 (代数幾何を除く「柔らかめの」幾何) や解析については、とんと勉強しないまま卒業してしまいました。

 最近はかなり変わってきてはいるものの、大学院は基本的には教育よりは研究に重きを置く (べき) ところなので、専門分野で顕著な研究成果をあげていればさほど他の分野のことを知らなくても許されてしまうのです。
 ぼく自身が「顕著な研究成果をあげて」いたかはご想像にお任せするとしても, ぼくが代数以外 (特に可換環論以外) の分野についてはほとんど学んでこなかったこと、そして当然の成り行きとして、それらの分野についてはほとんど何も知らないことは隠しようのない事実です。そしてmそれでもなんとか卒業だけは許してもらいました。

 ぼく自身の経験を踏まえ、その行動の通りにお答えするならば 学んでいなくても何とかはなりますよ となりかねないのですが、まさにそこにコンプレックスを感じていらっしゃる方に対する答えとしては不充分に思います。ですから、もう少し「何を、どう学ぶか」について考えてみましょう。

何を、どう学ぶか

 なぜ自分は幾何や解析を学ばなかったのか、改めて考えてみると 大した理由らしい理由はない のです。解らなかった、難しかったと言うのは簡単なのですが、実際のところは めぐり合わせが悪かった というのが一番適切に心情を表現しているように思えてなりません。
 これは裏を返してもそうで、ぼくが可換環論を選んだのは可換環論のゼミが開講されたからなのです。ぼく自身の性格から言って、ゼミを開講していない先生のところに押しかけていって「弟子にしてください」とはとても言えなかったと思いますし、他の代数か組合せ論などの分野で師事する先生を選んでいたでしょう。

 このようにして専門分野を選んだことは事実なのですが、しかし可換環論の水はぼくにとても合っていたようで、師匠を師と仰いでからは可換環論・不変式論 (とそのための準備) にほぼ数学の時間を総て割きました。またそうすることに後ろめたい気持ちはほとんど感じませんでした。

 むしろ、ぼくはそれでも諸々中途半端にし過ぎたという後悔の方が強いのです。ひとつのテーマをきちんと掘り下げていたらどうなっただろうか、とは未だに考えます (今からでもやればよいのですが)。いわば、ぼくは質問者さんとは反対の後悔を抱いているのです。

選択の積み重ねが個性

 実は、このご質問に対するぼくの答えはシンプルです。冷たく感じられるかもしれませんが、ぼくは

後悔のない選択をしてください

と言うより他に答えを持ち合わせていません。もっとも、いかに最善に近い選択を続けてきたとしても、後悔せずにいられる人は少ないのですが。

 質問者さん、数学の修士、ないし博士とはどんな存在であるべきでしょうか? もう少し主観的に問うならば、あなたはどうなりたいですか?

 解析や幾何を学ばない引け目が大きく専門の研究がおろそかになるほどなら、時間を区切ってそちらに回すことは悪いこととは思いません。学部の講義にもぐって聴講するのもいいでしょう。また、専門分野以外の知見を得ることはマイナスにはなりません。

 われわれは幸い、(相対的には) 様々な自由を享受できる社会に生きています。その社会の中では「何を選ぶか/選んだか」こそが個性であると言えるのではないでしょうか。
 既に、専門分野として数学を選び、研究対象として代数学を選びました。数学全般に広く知識を持ちたいと願い努めるのも、さらなる高みを目指して一身に登り続けるのも、どちらも大変な生き方です。それが個性でなくて何でしょうか。

 みな同じ学問を、自分の道で歩むのです。何をどう学ぼうとも、真摯に選び一心に歩む道はあなたの道であり、それを選ぶのはあなた以外の誰でもありません。応援しています。

(これ以降に文章はありません。)

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