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床を意識するだけで、建築はぐっと面白くなる

こんにちは、ロンロ・ボナペティです。
皆さんは普段の生活でどの程度「床」について意識しているでしょうか。
建築を構成する要素において、重要度の高い床ではありますが、その重要さに対してあまり意識されていないのではないかなと思います。

それはなぜかというと、下手なデザインをしてしまうとそこでの活動に支障が出てしまうから。
ほんの1cmの段差であっても、つまずきの原因になったり家具を置けなかったりと、マイナスのデザインになりうる可能性を孕んでいます。
したがってよほどの理由がない限り、床を「いじる」ことはせず、無難に処理するのが一般的ではないかと思います。
その分窓や壁、天井、柱などにデザインの力点が置かれ、建築の長い歴史において床はかなりの期間「脇役」を演じてきました。

しかし近年になって、床に着目した面白い建築が多数つくられています。
これまで手付かずだったためにさまざまな可能性が見過ごされており、少しの発想転換がとても斬新に見える、そんな床の魅力をご紹介したいと思います。
本来書籍一冊分にもなるようなテーマですので、かなり雑な紹介にはなりますが、ご興味のある方はぜひご自分で調べてtwitterなどでシェアしてください。
「床といえばこんな建築もあったね!」と教えていただけたら大変うれしいです。

床が規定する3つの要素

僕が床の面白さにハッとさせられたのは、伊東豊雄さんによるある展示デザインがきっかけでした。
丘のような起伏を床面につくり出し、その上に展示物を配置する。
鑑賞者はその起伏の上を自由に歩き回るというものです。
発想としては単純で、その形状も自然界にある丘がヒントになっているわけですからアイディアに驚くのも不思議な話なのですが、そんな単純な面白さがまだ建築にはあったのかと感心したのです。  

それから床について考えていくうちに、伊東さんが強く影響を受けた建築家である篠原一男さんの建築に思い至りました。
篠原さんは詩人の谷川俊太郎さんの別荘を設計しています。
この「谷川さんの家」は斜面に柱を立てて屋根を架けただけのような建築で、その床面がむき出しの地面になっているのです。
これもアイディアとしては非常にシンプルながら、「そんなことしていいのか」と思うような驚きのある建築です。

これらの床は人の運動を規定する役割を果たしています。
垂直に立ち、ある地点からある地点へ移動するだけでも普段とは異なる運動が要求される。
身体に訴えかけるデザインは伊東豊雄さんの得意とするところで、その後の台中国家歌劇院などへとつながっていきます。
先日取材・執筆した「横浜港大さん橋国際客船ターミナル」の起伏のあるデッキも、運動を規定する床でした。

こうした高さの異なる場所を、段差ではなく傾斜でつないでしまうという考え方は近代建築の巨匠ル・コルビュジエが好んだものです。
階段とは異なり視線が連続的に変化していくことから、建築の視覚芸術としての一面を重視したル・コルビュジエは住宅においてもスロープを多用しました。

もうひとつが領域を規定する床。
土間をイメージしていただくとわかりやすいでしょう。
材質を変えたり段差をつくることによって、別の領域にしてしまう。
同じひとつながりの空間であってもフローリングと畳では使われ方も異なります。
また教会の祭壇や、書院造りにおける上段/下段など、人びとが注目すべき方向を示したり身分の貴賤を示す役割をもっています。
最も古くから意識的にデザインされてきた、床の役割といえるでしょう。

近年では、藤本壮介さんが設計した「House NA」という住宅が世界的にも話題になりました。
床を1階、2階と分けるのではなく、細かく細分化し、少しずつ高さを変えて配置する。
1階、1.5階、2階というように段階的に高さを変えるスキップフロアという手法は以前からありましたが、それを極端に先鋭化させた住宅です。
隣り合った床面を一体的に使うことはできないので、ひとつながりの空間でありながらたくさんの小さな領域にわかれているという状態ですね。 

「House NA」が表紙となったCasa BRUTUS

こうして手付かずだった床に目を付けた建築家たちはさまざまな新しいデザインを展開していきますが、ここ数年さらに新しい床の可能性が発見されました。
それが地面との関係を使った床のデザインです。
前述の谷川さんの家は、地面そのものを床としていましたが、建築が建つ地面がどのようなものか、その特性をデザインに活用した例です。

たとえばドイツ・ケルンにある「KOLUMBA」という現代美術の美術館は、1階の地面が掘り起こされローマ時代の遺跡がむき出しになっています。
この遺跡自体が展示物にもなっているのですが、この展示を観た後に街に出ると街全体の見え方が変わってしまう。
意識を規定する床といっていいでしょう。  

また皆大好き「豊島美術館」も、地面との関係をこれまでにないかたちでデザインすることで、新たな可能性に気づかせてくれる床ですね。

そして地面との関係をデザインするという点において、近年衝撃的な建築を次々に発表している建築家がいます。
石上純也さんです。

そのうちのひとつ、「アートビオトープ那須」は、水たまりが点在する湿地帯に樹木が立ち並ぶ風景を「人工的に」つくってしまった庭園です。
自然のものをそのまま使いながら、どこにもない風景をつくってしまうのは、日本庭園の普請を彷彿とさせますね。
現代の日本でこんなプロジェクトがあり得るのか、という意味でも衝撃的でした。  

また山口県に建設中の「レストランノエル」は、掘り込んだ地面にコンクリートを流し込み、固まった後に残りの土を掻き出すというかつてない工法でつくられたもの。
洞窟のような内部空間は、元々地面の下であったという、どこから突っ込んで良いものかと迷うほど破天荒な建築です。 

こうした石上さんの地面との付き合い方を、「地球」というキーワードを使って解明していく対談が非常に面白かったので紹介しておきます。
聞き手は建築家の藤原徹平さん。
自身も設計者でありながら大学の教員を務めていることもあってか、建築を学び始めたばかりの学生でもわかりやすく、難しい言葉は使っていないのに専門の人でも楽しめる文章です。
「自由の射程、新しさの意味」と題されたこの対談では、石上さんの建築を歴史や経済、環境など多角的な観点で議論されています。

あるアイディアを知る前と知った後で目に写る風景の見え方が変わってしまう、というのは物理空間を扱う建築ならではの楽しみでしょう。
運動を規定する床、領域を規定する床、そして意識を規定する床。
どれもバリエーションが出尽くしたかと思えばまた新たなアイディアが生まれてきます。
これからどんな建築がつくられていくか、楽しみですね!

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