[短編小説]遠くできみを呼ぶから、ずっと

 半袖では肌寒くなって、長袖を着る。カーディガンを羽織るかどうか迷い始めた頃、小雨が続く。台風が秋を連れ去って、吐いた息が白くなった頃、冬のにおいを感じる。いまだに、十五歳のときに遺書を書いた季節がきたと思う。わたしの首を絞め続けた希死念慮は、もうとっくのとうに消えて行ったのに木々に電飾を括りつけ、街がぎらつくと、あの切実だった日々のわたしが、わたしを見つめる。書いた内容はもう覚えていないのに。

 一時の気の迷いですよね、思春期の頃ってよくありますよね、わたしもそうでしたよと遺書の話をすると異口同音に語られたことばに首を縦に振り、右から左に流し続けた。生きていればいいことあるよと、あのとき、どこかの大人に言われたことばを真に受けたわけではないが、遺書を書いてから十六年生きた。あのとき自分がどんな大人になるかなんて思い描けなかったけれど日々を泳いでいくうちにやりたいこと、やらなくてはいけないこと、なにもしないを行ったりきたりしていくうちに時間が過ぎていって、結果として大人になった。単純に年を取って大人に認定されるようになっただけだ。

 きみは、どんな大人になった? と呼びかける。もうきっと会えなくなった友に。

 二十八歳のときに激務で心身を壊して休職し、心療内科に通い、投薬治療を始めてから世界が明るくなって、本来の自分を取り戻した。誰かにこの話をしたらすこし申し訳なさそうに笑われたからもう二度と誰にも言わないことにした。こころのことを話し、わかってもらうのはむずかしい。

 幹と出会ったのは復職した頃で、彼には、彼と出会うまでの自分のことを意識的に話さないようにしていた。だから「いつ会っても葉子さんは元気ですね」と彼が言うのを自分が元気に見えるかどうか確かめる道具にしていた。

 もともと彼は会社の後輩で、ひとつ年下で、すぐに辞めた。転職しても連絡を取り続けたから仲が続いている。

 彼とは趣味の話しかしない。スマートフォンのアプリのゲーム、読書、音楽、焼肉、ラーメンなど。彼は強く自分の意見を押し付けてくることもなく、わたしもそうだから討論になることもない。ぬるい仲だった。出会って三年が経って「俺、葉子さんのことが好きだよ」といままで敬語だったくせに急にそう言われたとき、不思議と違和感を抱くことはなかった。彼にとってわたしはゲームやラーメンに対する「好き」と同類項なのではないかとさえ思った。「好き」を受け止めたものの、わたしの気持ちを伝えることはなかった。そして彼も返事を迫ってこなかった。やはり、ぬるいのだった。


 街を歩いているとスカートと鞄が同じ柄の女がいた。千鳥格子のニセモノみたいな柄だった。服の上下が同じ柄というのはわかるが、スカートとバッグが同じ柄、しかもわたしにとって馴染みのないものだったので、よっぽどこの柄好きなんだなと思った。風が吹いて、彼女の香水がわたしの鼻腔に流れこんできた。

「おれが裏切ったら殺してくれ」とよわよわしく微笑んだ彼のことを思い出してしまった。同じにおいだった。その女の肩を叩き「それ、なんていう香水ですか」と訊きたかった。自制心が働いて結局その女を行かせてしまったが、悔いはない。知ってもどうしようもないことだからだ。あの日の彼は、夕闇に融けてしまいそうなほど、夕闇に攫われてしまいそうなほど脆かった。

 きっかけは多分、誰でも、なんでもよかったのではないかと思う。中学三年生のときだ。大人になっても思い出すなんて情けないと思う反面、これは土台だから忘れなくていいと許した。感情は濾過したからもう、怒りや悲しみはなく、事実だけが残っている。それでいい。

 ある日突然、仲が良かった友人たちに口をきいてもらえなくなり、居場所がなくなった。冷静に考えてみたら友人たちの存在を「居場所」などと感じるくらい狭い世界で生きていた。でも、彼女たちに存在を否定されたことにより、息をするのが難しくなったし、高校受験のために勉強しなくては、という義務感がなおさら息苦しくさせた。なぜその日にしたのか明確な理由はおぼえていないが、クリスマスが来る前に死のうと思った。その日まで頑張って生きる、みたいな、死が目標になるという大矛盾を抱え日々を過ごした。そんなときに青慈が休み時間にわたしに会いにきた。それまで接点はなく、なぜわたしに会いにきたのかと訊いたら「小暮さん、ヴィジュアル系が好きだときいたから。オラ、最近ハマってるから誰かと話したくて」とそんな理由だった。彼の一人称は「オラ」だった。学校で唯一だったと思う。

 救世主という役目を彼に背負わせたわけではなかったし、実際そのときはそんなに眩しいとも思わなかった。青慈は頻繁にわたしを訪れ、いまこれを聴いている、この雑誌を読んだとそういう情報交換をした。感じる力があまりにも落ちすぎて、深い感動をおぼえることなく、音もなく彼と一緒に居る時間が積みあがっていった。

 学校が終わって夜が訪れる直前まで一緒に居て、同じイヤホンで音楽を聴いて、田んぼと家しかないわたしたちの世界を延々と歩いた。

「高校生になったら、バイトしようと思うんだよね」

 そんなに珍しくないことを彼は大きな夢のように語った。

「ライヴ行きまくるんだ。小暮氏も一緒に行こうね」

 体の中の、何かの糸が切れた。その頃うまく泣けも笑えもしなかったから感情が大きく動かされたわけではなかったけれど、わたしが来年も生きていることを想像してくれるひとがいるんだと思った。青慈がアルバイトを特別な夢のように語ったように、わたしにとっても来年も生きているということが特別に感じた。それは実際大げさなことではなく、来年も生きているというのは当たり前ではないと年を重ねるたびに思う。

 幹と青慈はなにひとつ似ていないが、趣味で繋がったという点だけは同じだ。

 わたしは進学校に進み、青慈は商業高校に進んだ。高校を卒業したら就職すると言っていた。

 わたしたちは高校を卒業して、バイトを始めて、ライヴに行きまくった。たくさんの思い出が鮮やかに積み重なっていった。わたしは次第に感情を取り戻していった。

 希死念慮のなかにいた自分を、いつか清算したいけれど、青慈に背負わせるのは申し訳なくて言えなくて言えなかった。だけど毎年十二月には決まって体調が悪くなるから、青慈と出会って三回目の十二月、動物園の帰り、公園のベンチに座りあの日々のことを話した。まだ記憶が鮮明だったから、遺書に何を書いたかも話したはずだ。

 さっき動物園で見た象のような瞳で、彼はなにも悪くないのに懺悔するような顔をした。空の色は燃えるような赤ではなく、消えるような橙だった。

「おれが裏切ったら殺してくれ」

 わたしが息を吸って吐いたら消えてしまいそうなくらい、彼が儚く思えた。彼が自分のことを「おれ」と言ったのはそのときが最初で最後だったかもしれない。

 心底、青慈を信じたくなった。未来をくれた彼になにかを返すのが自分の使命のように思えた。そのときは、わたしたちは永遠に友だちだし、大人になっても自分たちのことを語りあうのだと信じてやまなかった。


 大学に進んだわたしと、地元の工場に勤め始めた青慈とで、話す内容や思っていることが噛み合わなくなってきた。青慈は頑張ることが苦手なんだそうだ。仕事をすぐに辞め、フリーターとなり、しばらく連絡が取れなくなったと思ったらホストになった。別に彼がなんの仕事をしてもわたしには関係ない。青慈は青慈だ。お客さんから布団を買ってもらった話、同伴はあんまり好きじゃないとかそういう話をした。その間、青慈はずっとわたしに対し、申し訳なさそうな顔をしていた。

「オラは、小暮氏みたいにがんばれないから」

 別れ際、彼はそう言った。懸命にそのことばを否定した。でも、それがきっと彼にとっては重くて、わたしたちは「合わない」と思うに至った引き金だったのではないかと思う。

 青慈の誕生日に送ったメールが宛先不明で帰って来た、電話をかけても出なかった。それきりもうかかってくることもなかった。どこに住んでいるのか知らないから会いに行くこともできなかったし、彼が毎日通る道も知らない。いっしょに居た時間を濃密に思っていたのはわたしだけで、向こうからすると何でもない時間だったのかもしれない。

「裏切り」なんて大げさに捉えるつもりはなかったが、許されるなら殺しにいきたかった。でもきっと顔を見たらやめてしまうだろう。わたしが殺さなくても消えてしまいそうな危うさがあった。そう考えたときいまも生きているか心配になる。揺らぎはやがて心配に傾き、元気でいればいいなどと思ってしまう。いつもそういう気持ちにさせるひとだった。彼は。

 思い出の中にいる青慈に語りかけるという行為から、わたしは彼を殺してしまったのかもしれないと思う。また再会しても、あのとき以上に会話が噛み合わないだろうし、その軋轢に悔しくなるくらいならもう会えなくていい。会わない方がいい。

 恵比寿のバカラを見に行きたいんですよねと幹に言われ、恵比寿ガーデンプレイスのガラス製のシャンデリアの展示を一緒に見に行った。

 もうすぐクリスマスが来る。

「あのさ」と語りかけて「なんですか?」と微笑む。青慈と違って目は一重だし、柑橘系のにおいがする。

 子どもの頃は、とか、来年は、とか、子どもの頃将来自分たちがこんな世の中を生きるとは思わなかったよね、とかそういう話題が頭に浮かんだがすべて打ち消した。

「お腹空いたなー」

 きょうの匂い、きょうの気持ち、きょうの感情を話したい。彼とはそれでいい気がした。

「さっき食べたばっかりじゃないですか」

 わたしの胃の中にはさっき食べたローストポークなどもう残っていない。

「なんか食べに行こうよ」

 身を寄せ合ったり愛を語りあったりするひとびとが大勢いるなかで、わたしたちの間に色気というものがはまったく存在しなかった。

「元気ですね、葉子さんは」

 きょうもわたしは元気みたいだ。よかった。青慈は元気ですか。

 もう会えない友に、もう会わない友に、また会ったときに気持ちが通じ合えばなんて夢は見ない。

きみが元気でいればそれでいい。願わくば幸せでいて。遠くできみを呼ぶから、ずっと。

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