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nero 1


唐突だけれど、ぼくらの偉大なる主人公「ネロ」が駅に到着したところから、この小説は始まるんだ。それより昔の物語は、どうせ退屈だから気にする必要はないよ。これからのことだけが大切なんだ。
 

ネロは両腕を高く伸ばして、凝り固まった身体をほぐした。きっと長旅だったんだね。そして犬みたいに小さく身震いした。
すでに雪はやんでいたけれど、長い時間をかけて積もったものが、岩のように固く地上にとどまっていた。あらゆるものが白く上塗りされ角をとられて、まあるくなっていた。そこにあるのは、どこにでもある、雪の景色だった。
 山があった。山は崇高さに欠いて、まるで動物のしおれた乳房みたいだった。
そんな山の表面もまた雪で漂白されていた。しかし一部、濃い緑色をした葉の茂った場所がある。それは傷んだバナナの黒いしみのように目立っていた。そのしみと、そこから突き出る出来の悪い杉の大木に似た一本の尖塔が、目的地への目印だった。
 無人改札を抜けて、階段を下りていく。街には家屋はあっても、人の気配はない。温もりを含まない乾いた風が、寂し気な音を鳴らして吹き過ぎる。誰の故郷にもなれなかった、見捨てられた土地なんだ。
山へ行くための道は、雪に隠されていた。だから、ネロは遠くに見える目印を、ちらちら顔をあげて確かめながら、おおまかに、雪をかき分けて進んだ。
長靴はほとんど沈みこみ、ゆっくりにしか進めなかった。すぐに汗が浮かんでくる。ちくちくして肌触りの不愉快なマフラーを外すと、汗が冷えて顎が痛くなった。
一度立ち止まって、振り返った。ふう、と息をつきながら。でも振り返ると目の前に駅の出口があって、全然進んでないことが分かってしまった。駅員が階段の上の小窓から、ネロの事を見下ろしていて、目が合うと、白々しく視線を外した。駅員はストーブのよく効いた部屋でぬくぬく過ごしていたんだ。ネロは山の方へ向き直った。




今日から、短編連載します。だいたい10回くらいです。

すでに書き終わっているものなので、ちゃんとした?結末もあるので、安心してお読みください

いわゆるアンチ・ビルディングスロマンと思ってもらえれば、わかりやすいと思います。

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