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【短編小説】哀れな天使 股ぐら淫れし陰陽相貪り

土踏まずに魚の目うおのめができた。お風呂に入るたびに、ぼくは魚の目と目があって、やむなくあいさつする。気まずいからね、でも、魚は挨拶してくれない。声帯が弱々よわよわ。たぶん、喉のために言葉数を絞ってる。いっぱしの歌手みたいに。
――海、深く潜むすべての魚はいつか歌うための喉を、いたわる。いつか、地上に上がり胸いっぱいに空気を吸い込む土曜日を夢見て。

「どうも、今日寒いっすね」
魚の目「…ぎょぎょ」
「お風呂って嫌いなんすよね。なんか、だるくて」
魚の目「…ぎょ」
「思ったんすけど、カラスの行水の対義語って、アヒルの長風呂っすかね?」
魚の目「…ぎょぎょぎょ」
「ほら、黒と白の対比が……」
――オイダキシマス。
魚の目「……失礼、水温は一定に保ってください。あなた、茹で殺し罪にかけられたくはないでしょう?」

九天の楼閣は今日も足元からの光に満たされております。
近いうちに誰からも必要とされなくなると悟りながら、他に就職先もなくいじけた様子で雑事をこなしておわします神「ん。もしかして今、魚の目が喋った?」
変な髪型の天使「大変申し訳ありません。魚の目には沈黙を貫くよう、今一度、強く言っておきますので……」
神「だけどもう、喋っちゃったよね。喋らないようにしといてって、あれだけ君に言ったのに。ねえ、言ったよねぼく。それに、君も「自分に任せてください」って答えたよね? 自分の言ったことには責任を持たないといけないよね。抱えてる仕事はぼくよりも少ないのにさ、どうしてこういうミスしちゃうのかな。なんとか言ったらどう、きみは魚の目課の天使長でしょう?」
変な髪型の天使「(こりゃ、減給も覚悟せんといかんな。ちきしょう。魚の目ごときが。もうどうにでもなれ)」

月華咲く甘き香雲の舞臺には白楊の影
重しつけし像なるおんみの姿あり
哀れな天使 股ぐら淫れし陰陽相貪り
豈図らんや、獨り自給すと

口笛「ヒュー! どんどんやれ」
(ふん、天使も落ちぶれたものだわ)
(これなら耳の穴に海月でも詰めていたほうがマシ)
(なんて夜風が涼しいのかしら)

善なる美、善なる美!
それは大いなる矛盾!
醜悪なる正義よ、あなたはあまりにみすぼらしい!
ポリティカル・コレクトネスは駅前の便所に吐き捨てられた暁闇のげろで、
醜い人間にによって頭をなでてもらいたがる捨て犬で。
模範例1「無知で純粋な子供に、羞恥心を味合わせるのが楽しい。具体的実践内容は各々想像力の翼を広げてもらうとして、私の家に招き入れた他人の子供に一生忘れられないような恥ずかしい行いをさせ、そのあと何事もなかったかのようにきちんと一人で家に帰らせる。子供はそれが屈辱であったことにまだピンときていなだろうから、その体験を親に話すだろう。すると親は顔色を変え、脳を虫に食い荒らされた野鳥のように騒ぎ鳴いて近所を飛び回る。そのおかげでこの不道徳を嗅ぎつけたネット義賊も加わり、正義の運動は加速する。それこそ私の望みである。
他人たちの祭り事に似た賑やかさによって、子どもの自尊心は傷つけられ続けるのだ。忘れることすら許してもらえない。こうなってはもう遅い。たとえ心の傷が治り血が止まったとしても、傷跡は永遠に残る。永遠。すばらしい。
柔らかい肉に誰が最初に名前を彫り込むか、という早いもの勝ちの競争に私は興じている。若樹の幹に彫り込んだ名前は、何十年経っても、その木に永遠に残り続ける。同様! 私は人間に対してそういうことをしたいんだ。他人の子供とその一生を、自分の生きた証にしてしまう。生物学的遺伝子が絶えても、魂の遺伝子は継承される。いわば遺伝子の塗替えだよ。」

――ぱちぱちぱち(気のない、まばらな拍手)
結構。良いスピーチでした。控室にお戻りください。結果は公式サイトに掲示します。
合格者たちの歌声が、からのポリバケツみたいな街にぼうんぼうんと反響する。楽しいj-popに聞こえて、ぼくのテンションが上がる。愉快な気分。マスクの下で人知れずにっこり。にっこり、にっこり、マッコリ。うん。

ここは、小学生の職業見学を受け入れたばかりでなく、茶菓子まで人数分用意する、素晴らしく気の利いた人徳あふれる人情派の優しく時に勇猛でとても立派でかなり尊敬されている大作家、ピルスト先生の豪華絢爛な自宅。
小学生たち「ピルスト先生は、毎週金曜日の締め切りを守ってて偉いですね」
高慢な顔つきのピルスト「まあ、容易いよ」本当はもう守っていないが、見栄を張る。
マセた小学生「でも、こいつのやってることって、世の中の役には一切立ってないよな。消防車とか散水車のほうが世の中の役に立ってる」
賛同する小学生軍団「いかにもいかにも」
嘲笑するピルスト「馬鹿だな、水なんてばらまいてどうする。小説は金になるだろ。お前らの母ちゃんがパートで必死こいて稼いだ金、つまりお前ら馬鹿のための教育費を、おれは尻を掻きながら書いた文章でらくらく稼げるんだぜ。お前らの言ってるのはつまり、火を見て森を水ってやつだ」
マセた小学生「木を見て森を見ずだ。お前こそ馬鹿じゃないか」
小学生軍団の唱和「ばーか。愚者。ばーか。」
心の広いピルスト「やめだ、やめ。くそったれ。だから職場体験なんて嫌だったんだよ。ごみくずクソガキ共はどっかいけ」
まだそれほどマセていない小学生「おまえがどっかいけ」
監視役の教師(ふん、大学生ごときの売文屋がいい気になりやがって。小学生はあんたの本性を見抜いたのさ。こいつは尊敬できない大人だ、ってね。)

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