「フェミニズム」という記号に騙されない。

空き時間を見つけては言いたいことを継ぎ足している文章なので粗末な部分が非常に多いです。お気をつけください。



私は性差別を受けてきた人間なので、その手の問題、とりわけ、フェミニズムに対して思うところが山ほどあるのですが、それらの問題について考えている時は昔のことを思い出してしてしまうからか、心がざわついて夜眠れなくなることが少なくないのです。

だからでしょうか。フェミニズムを題材としたコラムやエッセイ、ニュース記事を読んで、共感を求めたり自身の考えの答え合わせをすることが多いんですよね。

しかし、それらを読んだとしても毎回心が休まるわけではありません。世の中には残念なことに正義の皮を被った悪というのがありまして、善悪ではなくマウントが取れるか取れないかで勝負している筆者が、自身の好き嫌いと根拠の無い統計データをぶちまけるだけのパターンも非常に多いんですよね。そういうハズレくじのような作品を引いてしまうと、心が休まるどころか失望を通り越して無心になります。

私はそういうハズレ作品を書く著者のことを、「ビジネスフェミニスト」だとか「フェミニストもどき」などと呼んでいるのですが、そういう人間には共通点があると思うのです。

ミサンドリーを拗らせてるところ?

それもあると思うのですが、どちらかと言えば男性嫌いよりも、女性贔屓の感情を拗らせてるように思えます。

不思議なことに、どんな場合であれ女性は絶対的な被害者だとビジフェミは考えているのです。女性がどれだけ憎悪を膨らませようが、理不尽に男を差別しようが、そういう感情や思想を持つのは正当なことだと考えているのです。男性の発言にはいちいち目くじらを立てて差別認定するくせに、女性の差別発言は全力で擁護して、「こう考えてしまうのも仕方のないことだ」と謎の理論を展開するのです。

どういう理屈かはわかりませんが、女性は素晴らしい生き物だから女性差別はNGで、男性は性犯罪者だから男性差別はまかり通るらしいです。人間として正しいかどうかなんて関係なくて、生まれ持った属性が重要みたいです。

こんなこといちいち言うのも馬鹿らしいですが、

それ、フェミニズムじゃないですよね?

フェミニズムは女性の立場を見直したうえで、男性との平等を目指す思想です。女性がマウントを取りやすくするための思想じゃないんですよ。社会的性差を無くしながらも、個人個人に目を向けなければならない考え方なんですよ。

こういうことを言うと発狂したビジフェミが、「男が都合よく生きるための印象操作だ!」「男の古臭い考えだ!」なんて言ってくることも少なくないのですが、私は現代で差別を経験した女です。帰ってどうぞ。

ビジフェミのタチの悪いところは被害者の傍にいつも居座っているところです。ビジフェミは性被害に遭遇してしまった女性に擦り寄りながら騒いでいるので、ビジフェミを否定すると被害者女性まで否定している風に見えてしまうのです。また、ビジフェミたちは一応正義感で行動しているわけですから、なおさら否定しづらいように感じます。フェミを否定してはいけないという神聖で歪んだ空気感が蔓延していますが、その空気感はこういうところが発生源のように思えます。

私は一性差別被害者として、むしろそういうフェミニズムは否定して欲しいと考えています。誰かの被害経験をエサに周りが好き勝手騒ぐとか冗談じゃないですし、自身の被害経験が利用された結果、また別の被害者が生まれてしまうとかメンタル的には泣きっ面に蜂なのです。被害を受けた直後は気持ちがいっぱいいっぱいなので気づくことはないでしょうが、落ち着いて俯瞰して見れば、なんて汚い人間が寄り添ってきてたんだと幻滅してしまいます。

私は今までの人生の中で、男性に性別マウントを取られたことは何度もあります。でもその一方で女性にボコボコにされたことだってあります。

女性に相談に乗ってもらったことも何度かあります。でも、男性に手を取って貰ったことも少なくありません。

当たり前のことですが、男だろうが女だろうが、素晴らしい人は素晴らしいし、どうしようもない人はどうしようもないのです。

それと同じで、フェミニストを名乗っていようが汚い人間は汚いのです。

だから、フェミ二ストが絶対的に正しいと思うのはやめて欲しいのです。フェミニストという記号のみに注目するのはやめて欲しいのです。フェミニストだろうがなんだろうが、社会の敵になることは忘れないで欲しいのです。




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