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私がずっと、そばにいます〜『明日の記憶』

封切り当時、私は認知症の父親を介護していたので、樋口可南子扮する主人公の妻の描き方には切実な関心をもって観ました。

夫に若年性アルツハイマー病という診断がくだった時、妻は静かに応えます。──「私がいます、私がずっと、そばにいます」。
やがて病状の進行した夫が、妻にあらぬ疑いの言葉を発した時、彼女はこれまでの夫への不平不満をぶちまけます。娘が受験に失敗した時も自分が病気になった時も、あなたは無関心だった、と。それを聞いた夫は、妻に暴力をふるいます。このシーンのおかげで、ウソ臭い家族愛の安売り映画という途中までの私の違和感は解消されました。エンディングの挿話も悲しいものですが、それ故にリアリティを感じます。実生活においては、アルツハイマー病や認知症の患者の介護は「家族愛」だけではとうてい乗り切れるものではないのですから。

ただし、堤幸彦の演出センスにはあまり共感できません。冒頭のシーンで、いきなり不信感を抱かされました。──主人公ふたりが部屋で寄り添っている、窓の外を見る、切り返しのカットで、夕陽が映えている。そのとってつけたようなケバケバしい夕焼け! 私が今までスクリーンで観た最も趣味の悪い夕焼けの一つです。おそらく実写ではないと思いますが、このシーンは冒頭にありながら二人の将来をも示している大切なシーンなのですから、もっときちんと撮ってほしかった。さらに宮本文昭の吹くオーボエのカン高いテーマ音楽も、物語の静謐な雰囲気とは不釣り合いな感じがして好きになれませんでした。

キャストは素晴らしい。とりわけ脇役陣が良い。医師役の及川光博、クライアントの香川照之、部下の水川あさみ、妻の同級生の渡辺えり子。

この作品では、ハリウッドでも活躍する渡辺謙がみずからエグゼクティブ・プロデューサーを務めました。天の邪鬼な私はともかくも観客の大半は手放しで絶賛しているのですから、苦労が報われたといっていいでしょう。細かい点はおくとして、この深刻なテーマに果敢に挑戦したことには拍手を送りたいと思います。

ちなみに私自身はすでに父を見送り、辛かった介護体験の記憶もかなたにいってしまいました。今ならもっと落ち着いて本作を鑑賞することができるかもしれません。

*『明日の記憶』
監督:堤幸彦
出演:渡辺謙、樋口可南子
映画公開:2006年5月
DVD販売元:東映

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