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ミッキー・ロークによるミッキー・ロークの映画〜『レスラー』

控室のベンチにうずくまりながら咳き込んでいる一人のプロレスラー。やがて撤収中の試合会場を出て帰途につくが、トレーラーハウスは家賃未納のため鍵を替えられていて中に入ることができず、やむなくクルマの中で眠りにつこうとする。
冒頭のこのシークエンスでは、カメラは決してミッキー・ロークの顔を正面から見据えることをしません。いかにもうらぶれた男の一日の終わりが、斜め後方からあるいは背後から捉えられます。
80年代に『ナインハーフ』や『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』で一世を風靡したミッキー・ロークの、齢を重ねた姿を見せるこの映画の導入部にあっては、ダーレン・アロノフスキー監督はいかにも周到に、ある意味では禁欲的に、付き人のようにカメラを寄り添わせます。

けれどもそれも束の間、やがてミッキーの弛緩した顔や老け込んだ佇まいが容赦なくスクリーンに映し出されていくのを観ていると、なるほどこれは誰かが言ったようにミッキー・ロークのセミドキュメンタリー映画なのだと思えてきます。せわしげに動き回る手持ちのカメラが雰囲気を一層盛り上げる。
とはいえ、老いた男の哀愁や悲壮感ばかりが画面を支配しているわけでもなく、ミッキーの下唇ベロンチョ的な顔には、若い頃のキザったらしさが払拭されてどことなく愛嬌が感じられないでもありません。

監督もミッキー自身も明確に意図していることですが、ここに描かれた元人気プロレスラー・ランディの姿と俳優ミッキー・ロークの浮沈はあまりにも重なりあっています。「90年代は最悪だった」という劇中のセリフは、ランディのそれであると同時にミッキー・ロークの心情を吐露したものとしても受け取ることができるでしょう。その意味ではこれは極めて楽屋落ち的な要素を色濃く漂わせた映画ともいえます。
巧くハマれば、観客たちは、不器用に人生の終幕を生きようとしているランディに思わず知らず共感をおぼえ、同時にそれを演じるミッキー・ロークの復活ぶりにも祝福の声をあげたくなる、という寸法です。

この映画には近頃のハリウッドが求めてやまない複雑な物語の構造も入り組んだ人物関係も存在しません。ただランディ=ミッキー・ロークの老いや孤独、そして彼をめぐるささやかな愛のありさまがシンプルかつヴィヴィッドに描かれていくのみ。彼を優しく見守る恋人のストッリパー(マリサ・トメイ)も悪くないし、リング仲間たちの友情もちょっと泣かせます。
前半のリング上での流血シーンなどいささか執拗で生々しさを感じて引いてしまいかけましたが、その描写があるからこそ終盤でのリング復帰の場面が活きてくるともいえましょう。
ミッキー・ロークには特段の思い入れがあるわけではないけれど、この映画は面白いと思いました。

*『レスラー』
監督:ダーレン・アロノフスキー
出演:ミッキー・ローク、マリサ・トメイ
映画公開:2008年9月(日本公開:2009年6月)
DVD販売元:ハピネット

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