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嘘日記

もうずいぶん長いこと散歩している。
今朝は私にしてはかなり寝坊してしまい、11時に起きてしまった。今日も一日の開幕と同時にSNSのパトロールを開始し、小一時間ほど無駄にしたところで身支度を始めた。身支度といっても今日は何か用事があるわけではない。朝起きたので歯を磨いて洗顔をし、寝間着を着替えるといった、人間の生活としてごく普通の行動である。しかし最近、何の用事もないのに朝の支度をしている自分は、もしかしてとてつもなくえらいのではないかと思ってきた。外に出ないのであれば、身なりを整える必要は理論上ない。私は外出するから身なりを整えているというより、人間としての尊厳を保つために朝の身支度を行っているのかもしれない。
身支度を終え、再びスマホを眺めていたが、さすがによくないと思い散歩に出かけた。12時45分ぐらいのことであった。

今日は最寄りの駅まで歩いていくことにした。最寄といっても歩いて20分ほどかかるところだが、散歩にはちょうどいい。ついでに本屋に寄って2冊ほど買って帰ろう。そう思いながら歩いていると、車道の真ん中でカラスが何かをついばんでいた。何をそんな危険を冒してまでついばんでいるのかと目をやると、何やら灰色の物体が道路にへばりついていた。もう少し目を凝らすと周囲に羽が散乱している。鳩である。鳩が車にひかれて原型もなくペっちゃんこになっている。それを同じ鳥類であるカラスがついばんでいるのだから、もちろんいい気持にはならなかった。今日の散歩は出鼻をくじかれてしまった。

普段なら最寄り駅まで歩くなんてことは絶対にしないが、散歩という名目で歩いてみると案外楽しいものだ。自転車に乗るとどうしても「移動」という感じが強く、街並みに風情を感じる機会も少なくなる。歩くからこそ感じられるときめきというものがある。3月なのにセミの死骸が落ちている。ハナミズキはまだ咲いていない。コインランドリーはいい匂いがする。私の住む街には理容室が多い。

駅に着いた。
この駅のそばにはゲームセンターや映画館が入っている興行施設があり、私はここが結構好きだ。今日は本屋に用事があるので中に入った。日曜日ということもあり、かなりにぎわっている。配られている風船に群がる子供たちや、ポップコーンを抱えて上映を待つカップルなど、それぞれが休日を楽しもうとしている。私は何というか、こういう楽しんでいる人達であふれかえっている空間がものすごく好きで、何ならちょっと泣きそうにまでなる。

本屋が好きだ。別に読書が趣味というわけではないが、本が詰め込まれた棚を前にするとワクワクする。小学生の頃、読書家だった名残がそうさせるのかもしれない。
私は料理が出てくる小説が好きだ。今まで読んだ本の中で一番好きだったのが町田そのこの「宙ごはん」という小説だ。説明は省略するが、料理から醸し出される生活感が好きなのかもしれない。とにかく料理を題材にしたものをと思い、坂木司の「アンと幸福」という本を買った。内容はもちろん、表紙のデザインがかわいらしかったので読むのが楽しみだ。
もう一冊は星新一の短編集を買った。霜降り明星のラジオのコーナーで星新一が扱われており、以前より興味があったためついに読んでみることにした。こちらは金がないので文庫本にした。やはり本を買うとワクワクする。

メインの目的を達成した私は、腹が減っていた。今日は定食屋の気分だったため、どこか店を探して入ってみることにした。一人で散歩をして、本を買い、ふらりと寄った定食屋で食事をするなんて、ちょっと世界観に浸りすぎではないかと恥ずかしくなったが、こういう斜に構えた姿勢が私の人生をつまらなくしている。もう一人の自分がいうことなど無視して、今日一日はシティボーイとして存分に振る舞おうじゃないか。
いかにも町の定食屋という感じのボロい店に入ってみた。この店は異常にメニューの数が多く、目移りして仕方ない。考えていると一向に注文できないため、日替わりメニューにしてみることにした。日替わりメニューは生姜焼き定食で、Aセット、Bセット、Cセットの3種類があった。Aセットが小ライスで、Bセットが中ライス、Cセットが大ライスというライスのバリエーションが変化しただけの意味不明の選択肢に困惑した。何となくメニューを考えるのが下手なのだろうと察し、壁一面に貼ってあるおびただしい量のメニュー表にも納得した。
店はボロければボロいほど、味が良いという通説がある。その点、この店のボロさはかなり期待できる。床や机はかなり年季が入っており、入り口においてある漫画本は黄ばみを通り越して茶色くなっている。店の年輪が料理にも表れているのだろうと思うと、余計に腹が減った。そんなことを考えていると生姜焼き定食が運ばれてきた。すぐさま生姜焼きを口に運ぶ。美味い。
その時、私はこう思った。

「美味いのかよ」

正直言うと、私はボロい店の料理がうまいという通説を信じていなかった。店の管理が行き届いていない店が、うまい料理を出せるはずがない。ボロい店が美味いというのは何となく雰囲気がそうさせるだけで、冷静になればたかが知れている。そう思っていたため、私の説を立証するにはこの店の料理が美味くては困る。
「ボロくて雰囲気のある店なのに、料理はまずかったです!あちゃー(汗)」みたいなオチを期待して入った店なので、美味い料理を出されたにもかかわらず私は腹が立っていた。

店を出るともう15時になっていた。家を出てから2時間近く散歩していたことになる。いつも家で浪費していた時間を、外に出るだけでこんなにも充実させることが出来る。今まで無駄にしてきた時間を大変もったいなく感じた。




さて、この日記のタイトルは「嘘日記」である。ここまで綴ったエピソードの中に丸々1つ嘘を混ぜた。なぜそんなことをするのかと言われても、何となくとしか言いようがない。特に答えを開示するつもりはないし、個別に訊かれれば答えようかなという感じだ。私の一日の中のどの部分が欠けるのかを想像して、再度読んでいただきたい。


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