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労働相談の受け方 ~傾聴のための「受容」と「共感」~

労働相談の目的は、相談者の悩みや疑問を把握し、その悩みや疑問が相談者の法的な権利義務に関するものなのかを整理し、法的な権利義務に関するものであれば法的な問題点を明らかにして、相談者が法的な権利義務に関する事項について解決を希望するのであれば、解決手段や方法、相談者が法的に主張すべきことやこれに対する予想される相談者の相手方の反論等を相談者と共に考え回答することです。(特定)社労士の立場であれば、さらに進んで相談者の代理人あるいは補佐人となって、労使紛争の解決を協働することもあります。相談者の悩みや疑問が、法的な権利義務に関するものでないのであればそのことを説明し、他の解決可能な方法があれば相談者と共に考えアドバイスすることになります。

労働相談の目的を達成するためには、相談者から可能な限り余すことなく、事実関係についての情報を聞き出して相談者と共有する必要があります。

そのためには、相談者が私たち相談を受ける立場の者に対して、一言でも多く話したくなるような、気が付けばいろんなことを話していたということになるような、環境や雰囲気と、相談を受ける姿勢を整える必要があります。

相談者は、初めて相談する相手に対して、緊張とある種の警戒感があります。そういった状況の下では、事実のすべて、特に相談者自身にとって都合の悪い事実を話したがりません。しかし、相談内容が労使紛争に関連するものである場合、相談者自身の都合の悪い事実は、相談者の紛争の相手方にとっては紛争の原因となっている事実の可能性が非常に高くあります。かつ相談者自身に都合の悪い事実が、権利義務の有無に係る評価を決定的に左右するものである可能性が高くあるのです。

そうすると、相談者に一言でも多く話してもらうということは、つまり相談者自身にとっても都合の悪い事実についても話してもらうということになります。加えて、なぜ相談者がその悩みを解決したいのか、労使トラブルであればなぜトラブルを解決したいのか、そのトラブルの表面上の原因だけでなくそのトラブルを解決させたいという思いの根源部分を知ることができればより適切なアドバイスを送ることができるでしょう。

そういった目的を達成するためには、相談者の緊張を解きほぐし相談を受ける者に対する警戒感を解かなければなりません。そのためには相談者と相談を受ける者との間にある種の信頼関係を構築する必要があります。相談者が私たち相談を受ける立場の者に対して、一言でも多く話したくなるような、気が付けばいろんなことを話していたということになるような、環境や雰囲気と、相談を受ける姿勢を整える目的はそういった信頼関係を構築するためです。

もっとも信頼関係を構築するといっても初対面の者同士の間でいきなり信頼関係を構築できるものではありません。先にも述べたように、相談者は、初めて相談をする者に対して不安や緊張感や警戒感を有しています。相談者のそういった重層的な感情を解きほぐして信頼関係を構築するために相談を受ける者はまずは相談者の話に耳を静かに傾ける、傾聴をすることになります。傾聴には傾聴のための技法というものもあります。傾聴の技法は大きく相談の進め方と相談を受ける者の態度に分けることができます。相談を受ける者の態度についてはさらに、相談者の話しを促すための身体的姿勢と言語の用い方に分けることができます。また、傾聴の技法と関連して、相談を受けるための場所的に最適な環境設定もあります。

もっとも傾聴の技法を考えるに当たっては、傾聴技法により相談を受ける者の根幹をなすもの、エッセンスとして受容と共感の姿勢を身に着けておく必要があります。

受容というのは、相談者が話す内容に対して、善悪や違法不法といった評価をせずに、一先ずありのままを受け入れることです。
共感というのは、相談者が体験したことにより感じたことを共有することで、共感的理解と言ったりもします。同情とは異なります。
受容がなければ共感的理解もできません。

これは特に人生経験豊かで、その人自身の中で倫理的規範が確立している、どちらかというと高齢の方に多いのですが、相談者が話しているその内容に相談を受ける者の中の倫理的な規範に照らして善悪のうちの悪の評価をして、「それはあなたが間違っているよ」という結論付けを行い、相談者の悩みや解決をさせたい事柄へのアドバイスにたどり着かないということがあります。

もう10年以上も前のはなしですが、私が社労士として電話の労働相談で受けた懲戒解雇に関するものです。
相談者は、男性で、全国に事業場を展開する大きな会社の社員でした。その男性は、幼い女児の裸の写真を収集する趣味があったらしく、その収集した写真の一部を自身のウェブサイトにアップしていました。これが警察に発覚したらしく、その男性は逮捕され数日間拘留されました。その後送検され起訴されたようです。罪自体は罰金刑だったようです。
一連の事件はごくごく小さな記事ですが新聞に載りました。もっとも、相談者の勤務先等は記事に載りませんでした。しかし記事がきっかけで、会社に相談者が逮捕されたこととその容疑が知れるところとなりました。会社は相談者を懲戒解雇しました。
相談者は、自らの過ちを認めた上で、ただし懲戒解雇だと今後の生活に著しい支障をきたすということで私に相談をしてきたようです。
私は受容と共感的姿勢に徹して、相談者の話を聴いてから、今回の件は相談者のプライベート上の出来事であり、このことで相談者の会社の信用を失墜させるような事実も全くなく、かつ相談者が勤務していた会社は全国に事業場を有しているのだから、必要に応じて配転(転勤)もできるはずだということを総合的に考慮して、懲戒解雇は無効ではないかとの私見を述べました。その上で、恐らく裁判所の判断を仰がなければ解決は難しいだろうから、相談者の地元に近い労働者側の弁護士の事務所を案内しました。

この相談を受けたとき、もし私が受容の姿勢に徹しきれずに、私の中の倫理的規範に照らして相談者の行為を悪と判断をしていたとしたら、懲戒解雇は無効ではないかとの私見には至らず、懲戒解雇無効という前提でのアドバイスはできなかったでしょう。

文責:社会保険労務士おくむらおふぃす







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