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ショートショート

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自作ショートショート(短いフィクション小説)を書いていきます。
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吐け

吐け

互いの間で曖昧にさせておけば、見つかることなどなかったのに。私たちはこれからさき一生、一緒にはいられないと知りながら、互いをどうしようもなく求め合っていると知りながら、絶望を抱えて生きていくことになるんだろうね。それを世ではさだめ、と言う。うんめい、とも言う。くだらなくて確信的な出来事について。私たちが出会い惹かれ合うことはもう最初から決まっていた。何年何月何日の何時何分何秒にこの街のこの番地のこ

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生きていく

生きていく

夢をみた。
缶コーヒーの飲み口を見つめていたら自分が煙みたいな存在に変化して、するすると缶の中へ吸い込まれていく夢をみた。ブラックコーヒーだった。
吸い込まれていくというより、落ちていくに近い感覚だった。落ちた先は、完全な、真っ暗闇だった。
その中で私は心地良い呼吸をしていた。コーヒーはまだたっぷり入っていたから、落ちたのが缶の中であれば水中のはずだった。それでも呼吸はできた。春の日に、太陽が上り

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ルビーに寄せて

ルビーに寄せて

ルビーが飛んでいる。灰色の空を駆け巡る赤い閃光のごとく、飛んでいる。

私は目を見開く。見える。遠くの方に、彼女を見とめる。ルビーはいつも一人で、気持ちよさそうに飛んでいる。それを見るとなぜだか嬉しくなって、喉奥がぎゅっとなり、涙が出るのだ。いつだって体温のある涙だった。私の中の愛が溢れていた。私は彼女が好きだった。

みんなから「ルビー」と呼ばれるその鳥は、つややかに輝く赤色の毛、大きなくちばし

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自我

「大勢の中の脇役でいるときも、好きな人とふたりでいるときも、きみはきみ自身のりょうあしで立っていることを、決してわすれちゃいけないよ。そのりょうあしはきみにとって、好きなものであり、仕事であり、生まれ故郷であり、ゆずれない信念なんだ。わかるかな。たとえアタシがどんなに全力を尽くしたとしても、きみのりょうあしにはなり得ない。きみがアタシのりょうあしにはなれないようにさ」

ショートショート「そんないまさら、言われても」

だいたい、「あ、金木犀の香りだ」から秋の話を始める人は信用できないと思うんだ。

私がそう言うと、「えー、別にいいと思うけどね」と君が返す。手元に握られたスマホゲームばっかに夢中で、私の方をちらりと見もせず、そんなんどうだっていいじゃん、と言わんばかりに返す。曖昧な返事、曖昧な相槌、曖昧な関係。この時点で何も見込みがなかったんだってこと、気づけていたらよかったんだろうな。

出し忘れたプラスチック

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ショートショート「トマト戦争」

ショートショート「トマト戦争」

「ねぇもしも人間を二つに分類しなくちゃならない、ってなったら、どうやって分ける?」
智子が言った。彼女は「もしも」話が好きで、よくこうやって僕を困らせる。夢見がちな性格なのだ。僕はハンバーガーを食べている手を止め、紙コップに入った水を飲んでから答えた。

「男と女、とか」
「ばかね。入れ物なんかどうだっていいのよ。このご時世、お金さえあれば見た目はどうにだって変えられるじゃない」
「現実主義と理想

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