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アタリの町中華

中華料理店における俺のモットーは
「炒飯の旨い店は何食っても旨い」
である。逆もまた然り。
マズい炒飯はベッタベタでやたらと味が濃い。
先味も油なら後味も油と無限に胃もたれする奴だ。
そう言う店は何食ってもマズい。

うまい炒飯は油っぽさを感じさせない。
よくある「卵かけご飯を炒めたような奴」は難しい。
火の通り方でパラパラではなくボソボソになったりする。
それに、本当に旨い炒飯は卵かけご飯から作らなくてもパラパラだ。
炒飯をたかが焼き飯と侮るなかれ。
あれには調理師の技術とポリシーが詰まっている。
炒飯を適当に作る店は中華料理店を畳むべきだと常日頃思っている。

仕事で広島県廿日市市を訪れた時の事だ。
廿日市市と言えば日本三景の一つ、安芸の宮島が有名だ。
少し広島に戻ればボート場で舟券に金を融かす愚者どもを見学出来る。
そんな廿日市市だが、その日訪れたのは山陽園だ。
聞いたことがない? そうだろう。俺も聞いたことがない。

最寄駅は広電宮島線の山陽女学院前。
何があるかと問われると、何も無い。
あるのは比較的新しい道路と民家とコンビニと商店。
大型店舗は遥けき彼方……と言う程でもないが、遠い。
チンチン電車と二時間に一本来るローカルなバス以外のアクセスは
ほぼしめやかにお亡くなりになっている。
自前の交通手段でもなければ往くも帰るも不便極まりない土地である。
俺はそんな片田舎をマンションの修繕工事に伴う車両誘導で訪れた。

工事がひと段落を迎える昼時、警備員にも休憩の指示が出る。
いつもは適当にコンビニでおにぎりでも買うのだが、前日もそうだった。
ここは一つチャーハンとラーメンを食いたい。
ふとあたりを見渡すと、チャイニーなぼんぼりに赤い看板。
町中華……と言うには田舎だが、そんな店に目が留まった。
大きなガラス越しに店内を覗くと、あまり人は入っていなかった。
お昼時だと言うのにこの閑散さ、もしかしてハズレか……?
しかし口は完全にラーメンの口だ。冒険するのもまた由。
俺は勇気を出して、ドアを開け……開け……どうやって開けるんだこれ。
見た目は自動ドアなのだが、ドアの前に立ってもうんともすんとも言わない。
ボタンを押したら開くタイプかなと思ってもボタンが無い。
戸惑っていると、中にいる店員のおばちゃんが開けてくれた。手で。
自動(手動)ドアとは恐れ入った。

俺は劣悪な環境で生きる蓮の花のような警備員にあるまじき潔癖症である。
潔癖症は言い過ぎか。ただ単に飯屋が汚いと我慢ならないタチだ。
某うどん屋はこぼれた汁や揚げ物のカスのせいなのか床がベッタベタで
歩くたび「ニチャア……ニチャア……」って音がするので行きたくない。
飲食店は年月が経てば経つほど汚れが取れなくなるのは宿命である。
とは言え、やはり清潔に保たれている方がいいに決まっている。
町中華はオイリーな食事が多い。当然汚れやすい。

……しかしこの店は清潔に保たれている。床も綺麗だ。
カウンターも油汚れが見当たらない。きちんと清掃が行き届いている。
これはもしかしたら、期待出来るのでは……?
俺は日本語のイントネーションが独特な店員さんに炒飯定食を注文した。
そして程なく、俺の前に注文した品は供された。
出来上がったの十分少々と言った所か。やけに早い。本当に大丈夫???

炒飯定食。これで1080円。ほんとぉ?

出てきたのがコレだ。思った以上に普通にうまそうだ。
何をさておいても、炒飯だ。全ては炒飯にかかっている。
ラーメンをほったらかすと伸びるのは知ってる。
だが炒飯。炒飯がうまい店は何食ってもうまい。
炒飯がマズい店は何食ってもマズいのだ。
スプーンで一口、頬張る。

……うまい。なんだこれは、うまい。
ぶっちゃけ炒飯の味付けは大幅にズレなければ問題ない。
これはどこでも大体味覇か創味シャンタンか丸鶏がらスープだろう。
やや塩辛い味付けだが、疲れた体にはちょうどいい。
問題なのは食感だ。全然脂っこくなくない!? 何コレ!?
俺好みのパラパラ食感。しかし卵かけご飯的な奴じゃない。
しっかり炒まってるのにボソボソしていない。
適度に当たるふんわり卵のうれしいことうれしいこと。
職人技とはまさにこの事。いいねえいいねえ、最高です。

ラーメンは醤油・塩・豚骨・台湾ラーメンから選択可。
俺はシンプルに醤油ラーメンを選んだ。
麺は中太縮れ麺。こういうの好きなんだ。
袋麺でも出前一丁よく食うしね。スープの絡みがとても良い。
あっさりとした醤油味に余計な雑味は一切なし。
昔ながらの素朴なラーメンの味に遠い昔を思い出す。
久しぶりに滋味のあるラーメンを食べたなあと言う気持ちになった。

そしてこの奥に鎮座ましますからあげ様よ。
炒飯定食! ラーメン! と来て、完全に添え物然としているが、
そんなはずがあるわけがない。とんだ食わせ物だ。
このからあげ、味付けが普通の唐揚げと違う。
ふんわりと漂うスパイシーな香りは胡椒とは違う芳醇さ。
一体なんだろう、花椒だろうか? 嗅ぎ慣れないが嫌ではない。
外はパリッと、それでいて中はジューシー。
あまりにパリパリだもんで、噛み切るのがちょっと一苦労。
だがそこがいい、頬張って噛み締めたときの食感の楽しさよ。

デザート扱いで杏仁豆腐がちょこんとおいてあるのが小憎い。
だが俺は、杏仁豆腐は好きではなかった。
大昔に修学旅行でシンガポールに行った際に食べた杏仁豆腐。
あまりにもケミカルな味と匂いで思わず吐き出した記憶がある。
本当言うと食べたくなかった。否応にも体が強張ってしまう。
恐る恐る口に運ぶ……あれ? おいしいよ?
何なら寒天より好きかも知れん。
あっさりしてるけど、変な後味が無い。
舌触りも上品だ。硬そうなのに口の中でスッと崩れる。
なるほど、これが本当の杏仁豆腐か。
俺の中の杏仁豆腐が更新されました。
トラウマを拭ってくれてありがとう。

これは完全に計算を外した。これは仕事の昼飯に食うモンじゃない。
もっと時間に余裕があるときに、襟を正してゆっくり食いたい。
よもやこんな店が、こんな田舎にあろうとは。
俺は再訪を心に誓い、仕事へ戻った。
午後の業務中、ずっとゴキゲンだったのは言うまでもない。

帰ってから調べてみたが、同名のチェーン店が関東にあるようだが、
どうやら関わりは無いようだ。店舗一覧に名前無かったし。
中華料理 暖龍。最寄り駅は広電宮島線の山陽女学院前。
住人しか利用しないであろう駅から徒歩で五分くらい。
ぜひ訪れてみて欲しいと言うのが憚られるくらいの何も無い田舎。
俺のイチオシの町中華である。

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