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広島地区 「場から生まれる人づくり」

 記録的な寒波が到来していた2023年1月中旬。幸い、大雪にはならなかったものの、真冬の厳しい冷え込みが続く北広島町のひろしま自然学校で、河野小夏(こうの こなつ)さんに話を伺った。
 河野さんは地元の北広島町芸北地域の出身で、この3月に広島市内の大学を卒業し4月から広島県内で小学校の教員として教壇に立つ。3年に亘って続いているコロナ禍の影響をいろいろ受けた中で、NPO法人ひろしま自然学校が運営している「ろうきん森の学校広島地区」(以下、森の学校)の活動にも積極的に参加してきた。

河野小夏さん

河野小夏(こうの こなつ)さん
北広島町芸北地域出身、比治山大学現代文化学部子ども発達教育学科4年生。3姉妹の長女。大学卒業後、2023年4月より広島県内の小学校教員に採用予定。

【小学校の先生を目指し、地元で教育実習】
 河野さんが先生になろうと思ったきっかけは、中学校の時に出会った先生への憧れである。
 「中学1年生の担任で、怒る時は怒るけど生徒に寄り添ってくれる先生でした。たしか新卒だったのかな。一生懸命な姿が伝わってきていいなぁと。今でも連絡をとっており、教員に内定したことを報告したら、とても喜んでくれました。」
 高校生になると差別や貧困、児童虐待の問題に関心が高くなり、社会的弱者をサポートする仕事を意識するようになった。当時の河野さんにとって、社会的に弱い立場の人は子どもであり、そうした子ども達に寄り添ってサポートする仕事が小学校の教員だったという。その夢を実現すべく、広島市内の教員養成コースがある大学へ進学することとなった。
 大学での教育実習は地元北広島町へ。残念ながら河野さんの母校は廃校となってしまったため、統合された別の小学校での実習となったという。教育実習で感じたのは、小学校が地域と密に連携していることだった。河野さん自身の小学校時代を振り返っても、小学校は全校でわずか9名、うち同級生は3名だった。だから運動会は地域の人と一緒にやっており、みんな河野さんのことは知っていたという。過疎地域の小規模校だからこそ、顔が見える関係性が強いのだろう。
 「地元出身の自分が県内の小学校で先生になることを、みんな喜んでくれていますが、それがかえってプレッシャーになっていて…。(笑)」

【森の学校との出会い】
 話は河野さんが高校3年生の時に戻る。この年の夏、西日本各地に大きな被害をもたらした豪雨災害(西日本豪雨)があった。母親に誘われて参加した災害ボランティア活動で、河野さんは森の学校の志賀さん(ひろしま自然学校代表理事)や花村さん(同理事)に初めて会ったという。河野さんが教員志望であることを母親が志賀さんに伝えたことがきっかけで、スタッフとして参加することになった「夏の分校1/2か月キャンプ」。1泊2日だけの参加ではあったが、この時の経験は河野さんの心に強く残ったという。
「ちょうどその日は沢登りをやっていました。子ども達同士で声を掛け合って難所を越えていく姿や、体調不良で見学していた子どもが同じグループの別の子どもに、大きな声で応援している様子がとても印象に残り、絶対また関わりたいと思いました。ちょうど教育学部を目指す受験生だったので、モチベーションも上がりました(笑)。」

夏の分校1/2か月キャンプの様子

【キャンプの思い出】
 大学進学が決まった春休みに、森の学校が行っていた「ユースキャンプ(学生ボランティアリーダー養成講座)」に参加し、さらに大学1年生の夏休みには昨年に続き「夏の分校1/2カ月キャンプ」にグループカウンセラーとして参加した河野さん。

ユースキャンプでの河野さん(中央)
8人の子ども達と一緒に過ごした河野さん(右中央)

 2週間に亘り、ずっと子どもたちと寝食を共にするのは初めての経験だった。ここで子どもと関わることの難しさを実感したという。
 「私を含め、大学生のグループカウンセラー2人で、グループメンバーの子ども8人に対応したのですが、メンバー同士の関係性だけでなく、カウンセラー同士で子どもに対する考え方が違うこともあって、まとめるのがとても難しかったです。」
 一方で、今でも忘れられないと語るのが、最後にグループメンバーの子ども8人とカウンセラー2人で過ごした2日間の体験と料理づくり。
 「2日間で食材に使える予算が決まっていたんです。何を作って食べるか考える事になり、話し合いである日のメニューがオムライスに決まりました。料理経験のある子どももいれば、包丁を持つのが初めてという子どももいて、ハラハラしながら見守っていました。卵は2人の子どもが担当しており、ちょっと目を離した隙に炒り卵になってしまっていました。担当した子どもは『やっちゃった…。』と、少し申し訳なさそうな顔をしたのですが、『形なんか関係ないよ、食べよう!』と他の子ども達はそんな失敗を気にすることなく、みんなで協力して調理したご馳走を食べ始めました。あの時の甘い卵の味が今でも忘れられないです。」

オムライスの味が忘れられない

 長期キャンプを終えた後に関わったキャンプでは、グループカウンセラーは河野さん1人で子どもは4人だった。前回子どもたちとうまく関わることができなかったという反省を踏まえ、燃えていたという。大学で習ったことを思い出しながら、子どもへの声かけなどを工夫した。それは子ども自身の素直な気持ちを引き出して他者と関わるのを支援する、というアプローチだった。
 例えば、身の回りの支度がゆっくりな男子がグループにおり、それを河野さんが直接手伝うことをせず、グループのみんなで彼をフォローすることができるよう他の子どもに声かけした。その結果、子ども達は協力してその彼をフォローし、子ども同士の関係性を築くことができたという。

【子ども時代の自然体験が心を豊かにしてくれた】
 2022年1月、広島県内外の自然体験活動関係者が集まる「江田島フォーラム」という場で、河野さんを含め大学生4名で企画して発表会を行った。テーマは「Back to the自然体験―これまでとこれからの自然体験を考えよう」。ここで河野さん自身のこれまでと、自然体験の関わりを振り返ったという。
 「私は小学校時代、自然の中でよく遊んでいて自然との距離が近かったです。でも中高生の頃には自然と少し距離を置いていたんです。母親が自然体験活動に関わっていたこともあり、それが気恥ずかしかったのもあったのかなぁ。きっと思春期だったからかな。でも、大学生になって一人暮らしを始めて子どもの教育を学ぶ中で、自然への興味関心がまた戻ってきました。きっとそれは幼少期に自然と日常的に関わったことで、嬉しい・楽しい・怖いといった様々な感情が生まれたことが、強く残っているからだと思います。改めて自分自身の幼少期の経験をふりかえり、子ども時代に自然体験すると心が豊かになると考えるようになりました。」

 小学生の頃、学校から帰ってひとりでトンボを捕まえるのが得意だったという河野さん。「全部の指に捕まえたトンボを挟むこともできたんですよ。秘密基地を作り、冒険ごっこ遊びもやりました。」
 両手を広げ、懐かしそうに笑顔で話す河野さんの表情が印象に残った。

子どもの頃、祖母(右)と妹たちと一緒の河野さん(中央)

【自分自身が楽しむ人たちから受けた刺激】
 大学4年間、何度となく通った「森の学校」での学びの中で、どんなことが印象に残ったのだろうか。ファシリテーション研修のような、大学では学んだことがない経験をしただけでなく、ここに来るだけでたくさんの刺激を受けたという。

ファシリテーション研修に参加した河野さん

「普段大学の友達同士だと真面目な話とか、自分の興味ある話って、なかなかしないんです。でもここに来ると、周りの大人や他の大学生とそうした話が自然とできるんです。それがいいなぁと。」
 河野さんにとって、家庭や大学以外に自分の思いを表現し、素の自分でいられる場所が森の学校なのだ。

森の学校では素の自分が出せる、と語る河野さん

「森の学校に関われたからこそ、今の自分があると思っています。森の学校を知ることなく学生時代を過ごしていたら、視野が狭く、大学だけのカラーに染まってしまっていたかも。自分の教育観も少しずつ変わったと思うし、何をしたいかも少しずつ明確になってきた気がします。森の学校に関わる大人は、自分自身が楽しんでやっているなぁ、という印象です。いくみん(花村育海さん)、志賀さんは大好きです!(笑)」

花村さん(左)と河野さん(右)

 大学1年生の冬に始まったコロナ禍で、河野さんの大学生活は大きく変わった。休講やオンラインでの授業など、入学前は想像すらできなかった現実が未だ続いている。その中で関わり続けた森の学校で、河野さんは自らの教育観を変化させ、教員の卵として一歩ずつ成長していった。いろいろな苦労もあったと思うが、残り僅かな大学生活を振り返って「ずっと学生でいたいです。だって大学生が一番楽しくないですか。」と話す笑顔が印象深かった。

花村育海さん

 河野さんの話を隣で一緒に聴いていた花村さんは、「私も大学生の頃に森の学校に関わり始めてから、子どもが自分らしくいられる場所を作りたいという気持ちだったので、河野さんと一緒だなぁ。卒業後、ひろしま自然学校に勤めてからもその気持ちは大切にしてきたつもりなので、それが伝わっているようで嬉しかったです。」と喜んだ。

 森の学校では2022年度より「森のフリースクール」と銘打って、毎週火曜日に子ども、保護者、スタッフが相談しながら子ども達の学びの場づくりを試行し始めた。河野さんも自身の卒論のテーマとも重なっているため、ボランティアで関わり様々な気づきと学びを得たと言う。子ども達にとって「自分が自分らしくいられる場所」は、大人(学生)にとっても居心地の良い、安心できる場所につながるのかもしれない。ここでも「場をつくることで人が育つ」ことが実践されていると実感した。
 
 広島地区で続く「人づくり」の取り組み。次回はローカルSDGsを担う人材育成の取り組みをレポートする。

【投稿者】
ろうきん森の学校全国事務局(NPO法人ホールアース研究所)大武圭介

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