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映画「夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく」感想

試写会と初週とで2回見ることができたので、感想とか考察めいたものをつらつらと書き連ねていきたいと思います。丁寧に書きたいけど私の遅筆じゃ公開が終わってしまいそうだから、乱文のままスピード感だけをもってお届けします。

※ 映画「夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく」の感想(ネタバレ含む)です。原作との比較などもあり、本の内容にも少しだけ触れるのでご注意下さい。描写の美しい作品なので、原作を読まずに映画を見た方にもぜひ手にとってほしいです。

マスクが手放せず、周囲の空気ばかり読んでしまう「優等生」の茜。 自由奔放で絵を描くことを愛する、銀髪のクラスメイト・青磁。

何もかもが自分とは正反対の青磁のことが苦手な茜だったが、 彼が描く絵と、まっすぐな性格に惹かれ、茜の世界はカラフルに色づきはじめる。

次第に距離を縮めていくふたりの過去はやがて重なりあい、 初めて誰にも言えなかった想いがあふれ出す――。

映画『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』
オフィシャルサイトより引用


「 俺、お前のことが … 大嫌い 」

春の空気に透けるような銀色の髪
感情の見えない硝子玉の瞳
真っ直ぐに届けられる確固とした意志のある一言

青磁の衝撃的な言葉から始まるこの物語。
いかに青磁が「異質」であるかが伺える。

次に青磁が登場するのがクラスで文化祭の出し物を検討している場面なのだけど、これがまた異質さ満点の登場シーンになっている。どこから現れるのかって、窓からだもん。ピーターパンか。

そして青磁から発された一言に、私は少し不安になった。物語の展開がどうか、とかの心配ではない。

「普通に瑠姫くんだけど、大丈夫かな…」

青磁、というよりは白岩瑠姫くん。
そもそも青磁のことまだ何も知らないけど。

この白岩瑠姫くんは私の推しであるものの、彼が演じる 深川青磁 という人物は彼に負けず劣らずとても魅力的で、原作(とアナザーストーリーも)を読了して出来た「私の中の青磁像」も確かにあった。だから私は青磁を "瑠姫くん" としては見たくなくて、でも演技経験の浅い彼にそれを求めるのは難しいだろうなという覚悟めいたものも持ちながらスクリーンを見ていた。

でもそんな気持ちは杞憂だった。物語が進むにつれて、瑠姫くんが自然体で演じるちょっとした荒さみたいなものが、青磁の真っ直ぐさにも思えてきたのだ。愚直で自由で強く、そしてとても不器用で脆い「私の中の青磁像」そのものだと思えるくらいに。

青磁を青磁として見た2回目、とにかくお顔のインパクトだけで見ていたあの冒頭の「お前のことが大嫌い」のシーンにおいて、彼の目線の演技が素晴らしかったことに気付いた。私が色眼鏡で見ていただけで、もうはっきりと青磁だったわけだ。反省。

そんな素直で真っ直ぐな青磁の演技と対照的なのが、もう一人の主人公である丹羽茜を演じている久間田琳加ちゃんだ。きっと多くの人が持ち合わせている実体験、ただぐっと耐え続けるようなあの閉塞感を丁寧に演じている。これは演技が上手くないと難しい役柄だろう。

原作の茜は、映画の茜とは少し違う。
青磁が茜に発した「お前のことが大嫌い」とかのレベルじゃないほどに、青磁のことが嫌いなのだ。視界に入れたくないくらい嫌い、世界で一番嫌い。そして、青磁のことを心の中で "こいつ" って言うくらいに実は強い子だったりする。

青磁のことも初めから「青磁」と呼んでいる。
これが映画だと「青磁くん」からの「青磁」呼びになり、途中から関係性が変わったことがよりわかりやすくなっている。でも原作派の方はこの「青磁くん」呼びはしっくりこないんじゃないかなと思うくらい、原作と映画の茜はやっぱり違う。

だけど映画の茜が弱いのかと言われたら、それはまた違うような気がする。何かをぐっと堪えてマスクを引き上げるときの目の強さは、やっぱり芯の強さの表れなんだろうと思う。琳加ちゃんは本当に目の演技が上手くて、茜と一緒になって苦しんだり微笑んだりしながら観ていた。愛らしかった。

生き方が上手くないのは青磁や茜のような若い世代の子たちだけじゃなくて、大人達もみんなそれぞれに色々あるんだ…っていう、文章にすると諄くなってしまいそうなそんな含みの部分が垣間見れたのも映像化として良かったと思う。

また、映画ならではの演出として「色」と「対比」が効いた映画だったなと思った。公式でも監督が「色の映画」と言っているのでそれはまぁそうなんだけど、随所に散りばめられた色の演出が面白かった。

天真爛漫な玲奈の口から出る言葉が「緑のケーキ」「ピンクのドーナツ」などで、玲奈の世界は色で溢れていることが想像できたりとか

茜が自分の部屋で青磁色の空の写真を眺めているシーンに差し込む青磁色の月光は、茜の世界に青磁が光を届けたことを意味しているように思えたりとか

茜が沈んだ心で淹れるお茶の色も、青に赤がじんわりと混ざっていく感じだった気がする(自信ない)
(お茶詳しくないから検索したんだけど、これマロウブルーだったりするのかな?別名「夜明けのハーブティー」って言うらしいのだが…)

青磁が茜に買ってきたマスクが赤系統の色味なのが、後半の「お前、こういう色似合うよ」に繋がるのも個人的にすごく好きだった。原作だとまた違うシチュエーションで違うセリフなんだけど、もうすこし断定的で「瑠姫くんが演じる青磁」としては映画版のこのセリフがとてもしっくりきた。コンビニなんだから白い不織布マスクがもちろん売っているはずなのに、茜のためにあの色を選んだ青磁…よい…


私がこの映画を初めて見た試写会が、酒井麻衣監督と絵画監修の朝霧レオさんのトークイベントつきのもので、制作のお話を色々と聞けたのだけれど

真っ黒な暗闇から色をのせて夜明けを作りたいのが青磁だと思ったから、一般的ではないけれど黒いキャンバスを使っている。青磁の "目で" 見た空ではなく "心で" 見た空を描いているから、実際の空にはないような色も使っている。

と仰っていて、その拘りに驚いたのだけれど、そう言われると青磁が描く空って「黄色」が効いている気がする。そう思うと、映画の大切なところでも結構「黄色」が効いているように思えてくるのだ。

黄色って幸せや希望の象徴というか、そういうパワーをもった色だと思う。

丹羽家4人で食卓を囲むラストシーン、鍋いっぱいの黄色いコーンスープを家族と分け合い、輝くような黄色のあんずジャムをトーストに塗り広げていく茜の姿は、冒頭で同じトーストを出されたときに手を付けなかった茜自身との対比なのだろう。見えていなかっただけ、いや見ないようにしていただけで、はじめからずっと茜の世界にも「色」はあったのだと思う。

また「対比」で一番好きだった場面が、お父さん。
茜が "お父さん" と呼んだのは劇中で2回。
そのどちらも "お父さん" に続いた言葉は「ごめんなさい」だ。でも最後のあの食卓シーンがあることで、このあと茜がお父さんに対して、きっと素直に言う事ができるであろう言葉が想像できてウルウルしちゃう。同じ親として、私ももう胸いっぱい。

5年後のふたり、あの本当のラストシーンも、映像化ならではの構図で本当に素晴らしかった。映像で答えを出すことはできるのに、あくまで小説的な含みをもたせた終わり方にすることで、心に余韻が残る感じがとても気持ちよかった。

言いたいことはまだたくさんあるし、映像も音楽も総じて美しくて素晴らしかったと思う。見れば見るほど発見もあるだろう。何回も見たい。
ただ私が原作で好きだった部分が総カットで…(泣)
淡い青磁色の泡がぱちんと弾けるような初恋を描く原作とはまた違うお話として、無地のキャンバスに少しずつ色を重ねていくような「自分を好きになっていく」ラブストーリーとして、自分の心の引き出しに大切にしまいたい映画でした。

きっと私は何年たっても、空を見上げて この映画を思い出すでしょう____________

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