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【短編】指から逃げていくカーソル  ユナイテッド便の思い出

1年ほど前に書いた文章。

日本の祝日の最終日、一人都内の喫茶店で仕事をしているのだが、先週FBで駄文をほめられたのをいいことに、前から書き残しておこうかと思っていた「ユナイテッド航空での出会い三部作?」、その1を。

90年代前半だったか、マイレージが導入されたころ、日本から米国や中南米に出張する仕事をしていたので、自然とANAでもJALでもなく、ユナイテッドのマイレージ一筋。2017年にそれをギブアップするまで30年近く、ずっとユナイテッド・ユーザーだった。マイレージ会員をギブアップしたたのも、乗客をひきずりおろしたりひどい仕打ちをする航空会社だ(!)という理由からでなくて、単に今生活の拠点をしているシンガポールなどアジア内で飛ぶ便がなくなってしまったから。

サービスも決してよいというわけでないし(むしろ悪い)、めしもまずいんですが、人に言うには反論されそうではばかれるけど、このラプソディ・イン・ブルーが会社テーマ音楽のこてこてアメリカンな航空会社が、結構大好きでした。

飛行機で隣り合わせになった見知らぬ人と談笑してしまうというのは僕はめったにしないんですが、ユナイテッドではなぜかそれが結構あった。アメリカ人というのはおもしろい人たちで、フレンドリーだからというより、おそらく移民の社会のせいなのか、公共の乗り物とかで、話をして無意識に同乗者の素性についての情報を得ることで安全確認しているようなところがあるとおもう。身を危険から守る本能なんでしょうけれど、そのおかげで、隣同士、ちょっとした軽口からはじまり、波長があうといろいろ雑談が発展していく、そんなことがユナイテッド便では結構あった。

これから書く3部作でも、登場する隣人はアメリカ人は1人だけであとはフィリピン人と日本人なので、アメリカ人だからというよりも、雑談してしまうのは、アメリカの航空会社だからなんだろうか。

前置きはさておき、第1話は、2014年ごろの香港・シンガポールのユナイテッド便(この便も、もう無くなってしまった)。

窓際の2人席があって通路側に座ると、既に窓際に小柄なアジア系のおそらく70近いおばさんがちょこんとすわっていた。なぜか彼女の足元に小さな荷物が6こか7こ置いてある。小さめのバックとかなにがはいっているかわからないがコンビニバックみたいなもの数点。そういえば10年以上前に他界した母親も病気が進行してから連れてった最後の海外旅行の台湾旅行でも、こまごまと不要なものをもってきてたなと思い出した。

ちらちらとこっちをみながら、にこにこしていて、なにか話したそうだったので、英語で、あの、その荷物うえの収納にいれるの手伝いましょうか?と聞いた。すると、ありがとう、足元においとくのがいいんだとの答え。

英語がつうじるとわかると、いきせききったようにおばさんの話がはじまった。自分はテキサスからシンガポールにいる甥っ子に会いにきたのだが、シカゴ経由でやっと香港まできて、またこれからシンガポールへと。もう何日も飛行機にのっているみたいだと。にこにこ楽しそうである。

おそらくこちらがシンガポール人ビジネスマンだと勘違いしたのか、香港へはお仕事?、シンガポール語と香港語?というのは通じ合えるもんなのですか?などなどいろいろ聞いてきた。いまさら日本人ですというのも面倒になったので、勝手に自分はサマリタン(良き隣人)シンガポリアンということにして、「中国語の方言どうしですけど、まあ仕事は英語でしますから」とか答えておいた。

テキサスときいて、一瞬、おばさんメキシコ系?(テキサスは200年くらい前はメキシコ領だったのである)とおもい、自分の過去に情熱を注いで身につけて今や悲しいかな風化しつつあるスペイン語がいかせるかなと、スペイン語しゃべります?と聞いたら、すこしできますけど私フィリピン出身なんですよと。若いころ移民して、ずっと働きづめで、この年になって子供たちがちょっとゆっくりしてこいと、今回、甥っ子のいるシンガポールまでの旅行代を払ってくれたという。

おばさんが、ちょっとお願いがあると。なにかときいたら、シカゴをでてから映画をみようとおもってるんだけれど、どうも操作がうまくいかないと。タッチパネル式だったので、ゆびで好きな映画のところをタッチすればいいんですよと説明。

おばさん: この映画がみたいんだけどね、ほら、こうやってゆびで指すとこの矢印が動いちゃうのよ。

たしかに。おばさんの短くて、長年の肉体労働で硬くなってしまったような人差し指がスクリーンをおすと、矢印がその指を避けるようにすすっと動いていく。

映画の題名はわすれたが、たわいのないハリウッド映画のタイトルをその指が追うのだが、矢印はすすっと別のところに流れて行ってしまう。なんどやってもそうなる。静電気のしわざか?

そんなばかなと、僕が指でおすと、ぴたり、矢印はそのタイトルにとまってダブルクリックできた。おばさんは喜び、感謝のことばを最後に、しばし映画鑑賞タイム。こちらも雑談から解放された。

シンガポールまであと30分。おばさんが、ひとつ聞いていいですかと。シンガポールの空港というのは治安はだいじょうぶか?自分が一晩朝まですごしても強盗にあうことはないかと、不安そうに。

なぜかと聞くと、甥っ子は船乗りで朝にならないと勤務明けにならないので、到着の午前1時から朝の8時ごろまで空港で過ごさないといけないのだと。

偽のシンガポール人は、うちの空港は治安がよくて有名なんです、24時間オープンだし、ソファもいっぱいあるし警官もいるし、絶対だいじょうぶですよ、と。それを聞いておばさんは安心した様子に。でも、着陸が近づくと、シンガポールは銃は合法なのかとか、事件はあまりないのか、とかまだ不安そうに。

イミグレのところで、Enjoy your holidays!と別れた。ささっと自分は自動入国をすませて振り返ると、外人用入国の列の後ろのほうに並んでいるおばさんの小さな姿が見えた。

帰宅のタクシーのなかで、ふと、おばさん、うちによんで応接のソファベッドで休んでもらえばよかったかなと。でもそうしたら家族がたまげるな。まあ、月並みながら、あまり親孝行せず逝ってしまった親に重なる部分があってちょっとしんみり。

頭に浮かぶのは、おばさんのつちくれだったまん丸い人差し指がパネルの映画タイトルを追うんだけど、矢印は無情にもそれを避けて動いていくシーン。なぜか啄木の詩を思い出す。はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢっと手を見る。はたらけどはたらけど、ずっと追い求めても、そのゆび指す先は逃げて行く。

でも、たぶん、違うな。おばさんは啄木みたいにセンチメンタルに手を見つめたりせず、なんだろこれ?と、まずは隣の人に愚痴ってみる。そして隣の人にどうにか解決してもらう。

おばさんの人生はマイペースで、あまりめげない。そういうガッツを評価してくれるテキサスの田舎のコミュニティにそれなりに溶け込んで、そして、旅行をプレゼントしてくれるような優しい家族に囲まれて、結構幸せなものだったんじゃないかな。そう思うこととした。そして眠りについた。

#旅行 #ユナイテッド   


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