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【読書ノート】『余興』

『余興』
森鴎外著



一言で言うと、同郷人の懇親会に出席したときの話。余興というものを大先輩の陸軍少将閣下が、主催して、若者のためにと言って、赤穂義士討入の物語を著名な浪花節の演者が、行うというものなのだけと、それが、主人公にとって、なかなか、聞いていられないほどに面白くない。よほど、席をはずしたかったのだけど、我慢して聴き終えたという物語。
文字通り読むと、そんなものだよなという話なのだけどね。
主人公が、森鴎外自身だったと考えると少し別の読み方が、出来る。

まず先に、物語の中で使われている言葉が、印象的なものが多かったので、一部、取り上げてみる。

①「柳橋の亀清」
宴会が行われる料亭なのだけど、江戸時代から続く老舗の日本料理店「亀清楼」のこと。亀清楼は、柳橋の花街や料亭街の唯一の生き残りであり、東京の伝統文化を今に伝える貴重な存在。

②裸裎(らてい)
人が全裸であることを意味する古語。

③湯帷子(ゆかた):浴衣との違いは何か?

1. 用途: 湯帷子は、平安時代に貴族が蒸し風呂に入る際に着用した和服の一種で、浴衣の原型とされている。浴衣は、明治時代に夏の普段着として定着した。現在では、浴衣は夏の行事やお出かけなどのカジュアルな着物として楽しまれている。

2. デザイン: 湯帷子は、麻や綿の単色や地紋のシンプルなデザインが一般的。浴衣は、花や動物の柄、縞模様など、様々なデザインや色がある。

3. 素材と厚さ: 湯帷子は薄手の生地で作られており、水に濡れても速乾性がある。浴衣はより厚手の生地で作られており、通気性がある。

4. 結び方: 湯帷子は、前を結ばずに後ろで結ぶ。一方、浴衣は前で交差させてから結ぶスタイルが一般的。

④識合(しりあい):と知り合いの違いは?

「知合」(しりあい)は、相手と知り合い、顔見知りになることを指す。一方、「識合」(しりあい)は、相手と深く知り合い、お互いに理解し合い、関係を築くことを指す。識合は、時間をかけてお互いを知り、共通の経験や感情を持つことを意味する。

⑤檀那(だんな):と旦那(だんな)の違いは?

1. 檀那: 仏教の用語で、**布施**を意味するサンスクリット語「ダーナ」の訳語。檀那とは、寺院などの仏教施設に布施をする人や団体のことを指す。本書では、パトロンということなのだと思う。

2. 旦那: 主に、家庭の主、または夫を指す言葉で、男性を一般に指す敬称としても用いられる。また、店の主人や仕事の上司を指す場合にも使われる。

⑥「容貌魁偉」(ようぼうかいい)とは?
人の外見や体格が非常に立派で、人々を引きつけるような魅力があることを指す表現。

⑦警醒(けいせい)
自分を鍛えて警戒し、心を覚醒させることを指す言葉。道徳的な観点から言えば、自己の行動に対する意識を高め、悪行や過ちを犯さないように心がけることを指す。

⑧トリスタン
リヒャルト・ワーグナーによる楽劇「トリスタンとイゾルデ」の主人公の名前。愛と死のテーマを扱っている。物語は、トリスタンとイゾルデという二人の悲恋を中心に展開し、媚薬の魔力によって結ばれた禁断の愛が描かれている。

⑨「手爾遠波(てにをは)」とは?

「手爾遠波」は、万葉集の中で頻繁に使用される言葉で、その意味は諸説あります。一般的には「手(て)」が「手の者、人」を意味し、「爾(に)」が「あなた、君」という意味で、「遠波(をは)」は「遠くの海、遠い波」と解釈される。

本書に戻ると、
物語の主題は何か?

ポイントは、浪花節の余興の後、宴会の席で、主人公が、ホステスから、お酒を注がれる時の出来事。
ホステスは、浪花節は面白かったですね!と言って、お酒を注ごうとしたとき、主人公の男性は、差し出していたお猪口を引っ込めて、怒りが、込み上げてくるという場面。
何故、ホステスの言葉に対して、怒りを感じたのか?

森鴎外は、ヨーロッパにも留学したエリート官僚で、西洋キリスト教文化の理解も深く、忠臣蔵のような、敬愛する主人なり、上司の敵討ちのような義理人情に惑わされては、いけないという世界観が、あったのだと思う。にもかかわらず、お偉いさんの顔を立てて、周りの空気に合わせて、拍手してしまう自分の弱さを嘆いている。

聖書の物語の中で、お調子者のペテロの話を思い出した。

キリスト教的には、ひとを恐れず、神を畏れろということが、よく言われているのだけど、
主人公は、他人からの評価を気にして、空気を読んで、見たくもない義理人情物語に拍手してしまう。

主人公の怒りは、このペテロの悔恨の思いを表していたのだろうとか、思ったりした。

要するに、ひとは、罪を背負って産まれているという、人間の原罪がテーマなのだということなのではないか、ということ。

幾田りら ヒカリ

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