見出し画像

お金のなる木 ・・揺銭樹(ようせんじゅ)

お金のなる木。

上野の東京国立博物館の東洋館で初めて見た時に、あまりに直接的で、すごく俗っぽいのに、こんなに大らかで、なんて幸せそうな。と思いました。

揺銭樹 後漢時代
東京国立博物館 東洋館

このお金のなる木は「揺銭樹(ようせんじゅ)」という名がついていて、後漢の時代(1~2世紀)のもの。
羊の背中から木が生えていて、その根本を人が抱きかかえています。羊とその上に跨る人は緑釉の陶器で、木の部分は青銅でできています。

2千年近くも前にもうこんなものが。。。
「ああ、中国には敵わない」。と素直に思ってしまいました。


揺銭樹 羊と人の部分(緑釉陶)


「吉祥」の「祥」には「羊」という文字があって、中国では古代より羊は「良きことを齎す」象徴だったのでしょう。殷の饕餮をはじめとして、後漢の石板などにその姿が描かれてきました。

後漢時代の画像石
東京国立博物館 東洋館


それにしても、どうして羊なのでしょう。

羊という文字は「美・羨・義・詳・群・祥」といった文字群を形成していますが、これらの文字に共通するのはどんな感覚なのでしょう。

羊は群で行動しますので、羊がたくさんいる様子が「好ましい」という感情を起こさせ、ひいては「美しい」という感覚をもたらしたのかもしれません。

万葉集では「細」という文字に「くわし」という訓を当てていますので、「細かい(こまかい)=詳しい」と認識されていたことがわかります。
つまり、羊の一頭一頭の様子が細かく鮮明に見えることが「美」。それは現代のハイビジョンの画素数との関係と同じで、つまり「詳」は8Kの「美」。


そして、中国や日本など東アジアの貨幣は銭と呼ばれ、中に穴が空いているのが特徴です。因みに西洋のコインには穴はなく、表をhead、裏をtailと呼びます。

揺銭樹 銭の木の部分(青銅)


この四角い穴。これは何なのでしょう。

遠くを見る時に、手をかざしたり、指で輪をつくって覗くことがあります。なにか区切るものがあると、対象がよく見えるからなのですね。

この四角い穴は、もしかしたら、五円玉の穴からのぞいた景色が、とても素敵に見えることと関係するのかもしれない。


五円玉の穴から見た景色


そうだとしたら、銭の四角い穴は、別世界を見る窓。
此処とは別の、向こう側、見たことのない世界。そしてそれは、素晴らしい世界に思われる。。。

そんな世界をのぞむことが「望」なんですね。
中国の古代の人たちは、「銭の中」に「別世界」があるとみたのかもしれない。

欲望、希望、志望、待望、野望、願望、切望、失望、絶望、・・

「望」という概念を象徴した形が、銭の「四角い穴」だったとすれば、「穴」を作り出すために銭の形が生まれたのでしょう。

(だとしたら、「腕輪」と思われている「貝輪」の穴も、腕を差し入れる行為が「望を掴み取る」という呪術だったかも?)


そして銭は呪術的なものから次第に経済的な貨幣に移行していくのですが、中国人の銭との付き合いはとても長くて切実。
日本では近世になっても年貢は米が中心でしたが、中国では宋の時代(約千年前)から貨幣での納税へ移行していますので、お金との付き合い方の年季が全く違うのです。

それで日本でも最近になって、国の後押しも受けて、個人資産の資産形成が話題ですが、先日、家人が持って帰ってきた、このメトロポリターナの表紙を見た時に、すぐにこの木を思い出しました。

メトロポリターナ東京
2023年4月号 vol.242 表紙


羊じゃなくて狸だけど、大丈夫かなぁ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?