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「その図書室は」

その本は、古い小学校の図書室にあった。
図書室のあの壁のあの辺りの本棚の上から2段目。
50年近く前の話だが、今でも鮮明に覚えている。
背表紙が剥がれてしまっていて、製本テープで何とか修理されているのだが、タイトルさえ分からないボロボロの古い本。
どうやって見つけたのか、なぜか大好きで何度も借りては繰り返し読んだ。
魔女のお話だったと記憶している。
読むたびにグッと引き込まれ、魔女と一緒に箒に乗って空想の世界を旅した。

その図書室は、新しい本は少なかったものの、長い間、たくさんの子供たちに読み込まれて手垢のついた古い本が、ツギハギに修理されながらも大切に読まれていた。

歴代の子供たちの息吹が詰まっていたのかもしれない。

「これ、面白いよー」
「手に取ってご覧よ」

当時の私は、そんな本たちが放つ言葉にならないエネルギーを感じ取っていたのかもしれない。

その図書室は、当時で創立100年を越える小学校の別棟にあり、レトロで重厚な雰囲気のある建物で、中に入ると薄暗く、古い本たちが放つ独特のカビ臭に似た匂いに包まれていた。
本棚の上にある明かり取りの窓からは斜めに陽が差し込み、空中を舞うホコリをキラキラと映し出していた。
魂の記憶に残るノスタルジックな風景。
老朽化に伴い取り壊され、今では私の記憶の中だけに鮮明に息づいている。

妻になり母になり、子育てが一段落した頃、学校図書館のパート職員を市が募集しているのを見つけた。ワクワクしながら応募したことを覚えている。
期限付きだったが、運良く採用された。
勤務先は中学校で、本好きな子、教室に居場所が無い子、気晴らしにふらっと立ち寄る子などで溢れていた。
ただ話し相手になったり、オススメの本を紹介したり、読み聞かせをしたり、居心地の良い空間作りを工夫したり。大好きな本と生徒に囲まれた幸せな5年間だった。

その図書室と本たちは、果たして当時の生徒たちの記憶に残っているだろうか。


終わり

「ふみサロ」提出分のエッセイ、今月のお題は「その本は」でした。

「その本は」を何度か読んでみるうちに、小学生の頃に毎日のように通ったレトロな図書室と、ボロボロなのになぜか大のお気に入りだった本を思い出したので、それをモチーフに書いてみようと思いました。

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