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夏場のトレーニングに必須の4要素

 夏場のトレーニング、これは多くのランナーにとってとても難しいものだと思います。実は夏場のトレーニングをどのように組むのかというテーマは市民ランナー特有のものです。

 何故なら、高校駅伝強豪校、大学駅伝強豪校、実業団チームはすべからく夏場は準高地や北海道に行って合宿をするからです。ではなぜ、これらの強豪チームは金をかけてまで準高地や北海道で合宿をするのでしょうか?

 それはそうする必要があるからです。では何故そうする必要があるのかというと、日本の場合ごく平均的な標高はほぼゼロメートルで、人間がたくさん住んでいるようなところでは暑すぎて疲労を残さずに充分な質と量の練習をこなすことが不可能だからです。

 これは生理学的に無理なので、気合を入れればなんとかなると言ってる人は、水を飲まずに練習した方が体が動くとか、竹やりでB29 に勝てると言っているようなものです。

 ではなぜ無理なのかということですが、人の中核体温はおよそ 37 度前後に保たれていないといけないといけないからです。これは我々が生きるということを考えてもらうとより分かりやすいと思います。

 生きるということは、体の中で様々な化学反応を起こしてエネルギーを生み出し続けるということです。簡単に説明すると無気的リン酸系、無気的解糖系、有気的解糖系、有気的脂肪分解系 の4つの代謝回路を使い、アデノシン二リン酸をアデノシン三リン酸に再合成して、エネルギーを生み出しています。再合成する必要があるということは、そもそもエネルギーを生み出す時にアデノシン三リン酸をリン酸とアデノシン二リン酸に分解しているということです。

 そして、そもそもなんのエネルギーを生み出しているかというと、筋収縮と体温維持です。 というよりは、筋収縮の際のエネルギーの 4 分の 3は熱エネルギーに変換されるという非常に効率の悪いエネルギー産生を人間の体はしています。筋収縮と書くと何かスポーツをしているかのような印象を受けますが、別にスポーツという訳ではなく、普通に呼吸をしたり、心臓をしたり、肺を動かしたり、姿勢を維持したり、座ったり、歩いたり、パソコンのキーボードを打ったり、ご飯を食べたり、消化したり、セックスをしたり、その全てにおいて筋収縮は生じています。

 そして、その筋収縮を含む全ての生化学的反応が生じる際に条件があって、ある程度の範囲内の温度とPH という二つの条件が必要になるのです。ですから、ヒートアップした筋肉に水をかけて冷やすと再び体が動きやすくなるのは、この温度が最適な温度に近づくためです。逆に、冬場の冷えた筋肉ではしっかりと服を着こんでウォーミングアップをしないと、体が動きません。

 これは逆に温度が最適温よりも低いので、温めて最適温に近づけると体が動きやすくなるのです。PH に関して言えば、最も分かりやすい例で言えば、中距離や 5000m な どの乳酸がガンガン蓄積する競技におけるペースダウンやペースダウンしないまでも、あの脚が重くなっていって、上半身が固まるあの現象を思い出してください。

 マラソンやハーフマラソンとはまた違う苦しさですよね。あの苦しさは蓄積する乳酸によって血液が酸化し(PH 値が下がり)、最適 PH 値よりも下がるため、筋収縮がスムーズに行われなくなるのです。ちなみにですが、最新の研究では乳酸は悪者ではなく、ペースダウンの原因にならないという理論が 2009 年くらいから広まり、今でもしぶとく生き残っています。が、しかしこれは誤りです。

 先ず第一に、乳酸がピルビン酸に再変換され、エネルギーとして使われるということは運動生理学の世界では何十年も前から常識で、別に 2009 年当時でも最新の研究ではありません。

 そして第二に、乳酸はピルビン酸に再変換され、エネルギーとして使われますが、重要なのはその処理速度と生成速度です。ペースを上げていくと処理速度をはるかに上回る速度で乳酸が生成されるので、ある速度を境に指数関数的に血中乳酸濃度が上昇するのです。

 そして、先述したように乳酸が蓄積すると血液 PH 値が下がり、最適 PH から遠のいていくので生化学的反応が妨げられるようになります。生化学的反応が妨げられるということは、すなわち代謝が阻害されるということであり、ということはエネルギーの産生速度が落ちるということであり、ということはペースダウンを余儀なくされるということです。

 話を最適PHから最適温度に戻しましょう。乳酸が蓄積して、脚は重く上半身も固まり、腕振りも苦しいあの感じの温度版が、最適温度を著しく超える、もしくは下回った状態です。では、最適温度を上回るのと下回るのとどちらが大変なのかということですが、少なくとも持久系スポーツにおいては、最適温度を上回る方がダメージが大きいです。  

 先ず第一に、中核体温の話をすると、人間の中核体温 は大体 37 度程度です。もし、これが 40 度を超えてくると、死の危険が高くなります。しかも、病気で熱が上がっているのではなく体温調節機能がもはや働かなくなった、いわゆる熱中症の場合は、かなり危険です。平熱からの死までの許容範囲がせいぜい4度程度しかありません。

 逆に、体温を下げる方は 7 度くらいまでは大丈夫です。要するに、30 度を切るくらいまでは生命の危険という意味では、何とかなります。なので、若干ではありますが、上よりも下の方が許容範囲が広いのです。ただ、これはケースバイケースでもありますし、必ずしも大きな差とは言えないでしょう。

 ただ、圧倒的に違うのは、中核体温を下げるよりも、上げる方がはるかに簡単だということです。だって、中核体温を上げる方は走り続ければ自動的に体温が上がっていくじゃないですか。そもそもマラソンのように長時間走るスポーツでは、20‐25 度 という普通に生活するには最も快適な温度でさえも、パフォーマンスの低下の原因になる温度です。マラソンに最も適した温度は 5 度から 10 度辺りであり、 5000m のような短い距離でさえも記録が出やすいのはこの温度です。

 その理由は先述したとおり、筋収縮の際に生み出されるエネルギーの約4分の3 が熱エネルギーとして消えてしまうということ、人間には最も高いパフォーマンスを発揮できる最適温度というのがあり、逆にその範囲を超えてくると、代謝もスムーズにいかなくなり、中枢神経も更なる体温上昇を抑えるために、体にペースダウンを命じるからです。

 そして、ここからがさらに重要なことなのですが、単純にあるワークアウトにおいてペースダウンを余儀なくされるだけなら、ペースを落として同じトレーニング内容を組めば良いのです。トレーニング効果としてはそう大きく変わらないでしょう。ただ、問題は熱疲労と呼ばれる疲労の蓄積が速くなる、もしくは疲労がなかなか回復しない現象です。ただ単に、単一のワークアウトにおけるタイムが遅くなるだけではなく、ペースを落として同じ練習をした時の疲労の回復具合に大きな差が出るのです。

 これに関しては、大学時代に自然地理学の授業でこんな話を聞きました。日本で自然地理的に(そもそもの地形や気候的に)一番米作に向いているのは、京都 盆地、奈良盆地、筑紫平野だそうです。

 ですから、京都、奈良、北九州には早くから文明が栄えました。ですが、現在米作りが盛んなのは、山形、秋田、新潟、北海道などの寒い地域です。これには理由があって、戦後直後、とにかく食料の確保が最優先という時代にこういった北の方に土地が余っていたからです。焼け野原になったとは言え、東京を一面田んぼにしてしまったら、復興は出来ません。

 ですから、土地がまだ余っており、なおかつ安価であった北の方で米を作ることにしたんです。考え方としては、アドルフ・ヒトラーの東方に生存圏(das Lebensraum)を作るという考え方と全く同じです。

 で、この北でのコメ作りにはビニール農法や品種改良など、多くの試行錯誤や苦労があったのですが、メリットとしては夜の気温が下がるということでした。 日中は日の光をふんだんに浴びる必要があるのですが、この点に関しては北の方も夏の日中は陽の光がしっかり浴びられます。問題は夏です。

 京都、大阪、東京のようなところでは、夜も気温がそこまで下がらず寝苦しい日が続きますよね。これでは稲もきちんと休まらず、美味しい米にならないんです。だから、この点では北の方が米作に適しているとのことでした。これと全く同じことが人間にも起こります。一日中暑いと練習以外でもしっかりと休むことが出来ず、回復が困難になります。また食欲も基本的には落ちます。しっかり練習して、しっかり寝て、しっかりと食べるこの基本中の基本に全て悪影響を及ぼすのが夏の気候です。ですから、これを考慮に入れて賢くトレーニングすることが重要になります。 では、早速その具体的な手法についてみていきましょう。

大阪世界選手権 2007年

 大阪の世界選手権、この年の夏もごく普通の暑い大阪の夏でした。要するに、マラソンを走るには非常に過酷な環境でした。この時、私は中学 2 年生、現地で初めてみる 10000m に大興奮したのを覚えています。この大会の男子マラソンで優勝したのは、ケニアのルーク・キベット 2 時間 15 分 59 秒、2 番に入ったのがカタールのムバラク・ハッサン・シャミで 2 時間 17 分、恐らくケニアからの国籍変更組の一人で、二人ともイタリア人コーチのレナト・カノーヴァの下でトレーニングしていた選手たちです。

 この二人ですが、コーチカノーヴァの講演によると、このレースの後2 か月たってもまだトレーニングできるほどまでに体は回復しなかったということでした。レースそのものも自己ベストよりも10 分ほど遅いです。ちなみにこのレースでは、尾方剛さん、大崎悟史さん、諏訪利成さんの三選手が入賞を果たして いますが、やはり自己ベストから10 分ほど遅いです。

 ただ、私としては自己ベストから10分遅いことよりもレース後の回復がそこまで遅いことの方が印象に残っています。 私自身も経験があるのですが、私が人生で初めてハーフマラソンを走った時のことです。この時はまだ、ハーフマラソンにとって特異的なトレーニングはしていませんでしたが、充分な走り込みをしており、距離に対する不安は一切ありませんでした。

 しかしながら、レース当日の気温は 27 度、快晴、私は初のハー フマラソンに苦しみに苦しみぬきました。27 度と書くと、そこまで暑く感じな いのかもしれませんが、日差しがきつく体感温度はかなり高かったです。その後、3 日間くらい常にのどが渇いていたのですが、内臓疲労も抱え込んでしまい、上手く水を飲めず、飲んでも吸収せず、水ですらそんな状態だったので、 食べ物は全然食べられませんでした。

 そして、夜の寝つきも非常に悪くなり、3 日間くらい悪夢を見るようになりました。そして、なによりも 1 週間くらいは本当に練習できませんでした。ジョギングだけで体がだるく、中強度の持久走ですらまともに取り組めず、とてもインターバルをするどころの話ではありませ んでした。

 この初ハーフマラソンは関西インカレだったのですが、二週間半後に 5000m と10000m にもエントリーしていたので、物凄く焦っていました。残念ながら、5000m の方は 14 分 43 秒でしか走れず 3 番、何故かその後、急に疲労が抜けて 10000m の方は 29 分 51 秒自己ベストで優勝することが出来ました。

 こんな初ハーフマラソンだったので、私の中には結構なハーフマラソン恐怖症が残ってしまいましたが、二本目の立川ハーフマラソンはまだ 3 月の上旬で気温は高くありません。条件自体は良かったです。その結果、私は疲労の残り具合がまったく違い、気温が違うとこうも違うのかと驚いたものです。その後 3 本 目の人生を変えることになった谷川真理ハーフマラソンは 1 月 10 日の開催で、筋肉痛は残ったものの全身への疲労はほとんど残らず、やはり驚いたものです。

 この例からもお分かりいただけるように、実は大きな問題となるのは、一回一回のトレーニングでしっかりと質をこなせなくなることよりもダメージが残りやすいということの方が大きな問題となるということです。これに対応するには、次の 4つのポイントが重要になります。

夏場のトレーニングを考えるにあたって重要な 4 要素

睡眠

 先ずは何と言っても睡眠です。人間の体のウェルビーイングやホメオスタシス機能、細胞の自己統制にとって最も重要なのは睡眠です。では、何故夏になると睡眠の質が落ちたり、入眠が困難になるのかということですが、人間が眠たくなるのは中核体温が下がるときだからです。よくドラマとかコントとかで「寝るな―!寝たら死ぬぞ!」というのがありますが、あれなんかも中核体温が下がりすぎて、もはや起きていられなくなる現象です。

 もっと卑近な例で言えば、寝る前に温かいお風呂に入るとよく眠れるという経験を誰しも持っていると思います。特に冬はそうだと思うのですが、あれは温まるからよく眠れるのではなくて、一度体を温めるとその後お風呂から上がると中核体温が下がるのでよく眠れるんです。同様に、手足などの末端を温めるとよく眠れるというのも同様です。手足を温めると相対的に、中核体温が下がります。

 ちなみになんですが、人間の体というのはある値に対して反応するよりもベクトルの方が重要なんです。他の例で言えば、おなかが減ってくると集中力が低下したり、いらいらしやすくなったりするのも、エネルギーが完全に切れてしまったからではなく、長時間血糖値が下がり続けているという事態に対して体が警鐘を鳴らしているからです。下がり続けているのが、問題で貯蔵されているエネルギー量とは何の関係もありません。

 他の例で言えば、ランナーにとって分かりやすいのは脚に違和感や痛みを抱えているときって、朝起きた時の方が痛いですよね?

 あれも原因はいくつかあるのですが、その原因の一つは炎症箇所の温度(患部の感度)とその周辺の組織との温度差が大きくなるために中枢神経がより強く痛みを感じるのです。 それと同じで、中核体温が下がるというそのベクトルとか、末端との温度差と いうその差が重要なのですが、真夏は夜になっても中核体温も下がりにくく、末端との温度差もないので、入眠が困難になったり、睡眠の質が落ちたりします。

食事

 二つ目は、食事です。夏バテの一番の原因は食欲が低下することでしょう。これは理屈はともかく誰しも経験があることだと思います。夏でも御飯がしっかり食べられる人もいるとは思いますが、やっぱり冬と比べると食欲は落ちますよね。冬になるとチョコレート最高!って思ってても夏になるとそうでもないということもよくあると思います。

 この原因は単純で、人間は常に体温維持のためのエネルギーが必要になるのですが、そのエネルギー量は冬の方が必要量が多くなるからです。世の中の全てにおいて言えることなのですが、基本的にある個所に何かが集まっているとそれは分散するという法則が働きます。分かりやすいのが、浸透圧です。ポカリスエットと水を混ぜると必ず均等に水割ポカリスエットが出来、絶対にポカリスエットはポカリスエットとしてとどまっていることはあり得ません。

 この時、密度の高い方から低い方へと働く圧のことを浸透圧と言います。 気圧もそうですよね、気圧の高い方から低い方へと流れるのが風です。それから、密度流というのもあって、例えば分かりやすいのが海で、海というのは基本的にはどんどん遠浅になっていきます。

 その理由は砂のある所とないところを比べると砂のある方は密度が高く、砂の無い方は密度が低いからで、手前にある 砂がどんどん沖の方に流れていくからです。 大学の自然地理学の先生が(本日二回目)この密度流の解説をする時に「自然界では必ず圧の高い方から低い方へと動く、男女の仲も同じ。男が圧をかけ続ければ絶対に落ちる。しつこい男が嫌われるというのは男がしつこさをやめた時だけ」という名言を残されていました。分かるような、でも自然法則と言えるか どうかは微妙な例ですよね(笑)

 いずれにしても、自然界にはある所に何かが集まっていると其れは分散する方向へと動いていくという法則があり、建物も時が経てば朽ちていきますが、それもこの原理です。整合から不整合へと動くという原理です。

 これをエントロピー増大則というのですが、人間の体温も外気温と比べると高すぎるので、放っておけば、どんどん体温が下がっていきます。地球全体で見たときにある個所に熱が集中している状態が作られているので、そこにエントロピー増大測が働いて熱が外へと放散されていくのです。だから、どうするかというと自分でエネルギーを生み出して体温を維持している訳です。

 で、そう考えたときに、夏場は気温そのものが高いので、生み出すエネルギー量は冬ほど必要ではありません。だから、必然的にお腹は減りにくくなるんです。また、夏場はのどが渇くため、普段よりも水を飲みます。これによって胃液が薄まります。さらに冷たい飲み物を飲んだり、冷たいものを食べる機会も増えますが、これも地味にダメージになって、食欲が落ちやすくなります。

 そして、何よりも大きいのは、走行中に血液をより多く体表面にとられるということです。 走っているときは、中核体温が上がり続けるので、体温を下げないといけません。

 そして、体温を下げる主な方法は発汗による蒸発からの気化熱、そして、熱い血 液を体表面に送って体を冷やすことです。そもそもの話をすると、走ると主働筋に多くの血液が送られます。主働筋とは読んで字のごとく主に使う筋肉のことです。ランニングにおいてはハムストリングス、下腿三頭筋、大殿筋、大腰筋などが主働筋になります。

 主働筋に血液が取られることで、胃腸に送られる血液量は減ります。更に、ランニングはどれだけ美しい走りの持ち主でも、上下動があり、接地の衝撃で胃腸が揺さぶられます。それによって、胃腸へのダメージが多少なりともあるスポーツなのですが、夏場は体温の上昇を抑えることが優先されるため、体表面へと多くの血液が流れます。もし、皆さんが体を自由にコントロールできるなら、体温をどうしても下げたいときにヒートアップした血液をどこに送るでしょうか?

 きっとなるべく体の中心から遠いところにヒートアップした血液を送るはずです。このような理由から、夏場は胃腸へのダメージが大きくなり、余計に食欲低下の原因になります。

水分

 夏場のダメージには水分の損失も多く含まれます。人間というのは食べ物と飲み物を比べると圧倒的に、飲み物の方が重要です。食事の方は一か月くらい何も食べなくても生きていたという例や、信じがたいですが、インドには何年もご飯を食べていないというヨガの行者がいます。しかし、飲み物は 3 日飲まないと結構生命の危険を感じるようになり、5 日飲まないとほぼほぼ死ぬだろうと言われています。

 ですから、先ほど水分の飲みすぎで食欲がなくなると水分を飲むのが悪いかのような書き方をしたのですが、やっぱり食べ物と飲み物を比べると先ず飲み物が重要なので、これはある意味仕方のないことなんです。で、さらに重要なのは、水分とともに電解質を失うということです。人間の体液は海水に非常に近いと言われています。あなたは海水を飲んだことはあるでしょうか?

 私はあるのですが、とても飲めたものではありませんでした。船乗りが遭難すると、周りを水に囲まれているにもかかわらず、のどの渇きに苦しみ、それは精神的にも非常 にきつく、運よく魚を捕まえることが出来ると先ずはその血を思う存分飲むと聞いたことがありますが、皮肉なことに人間の体液は、とても飲めたものではない海水と同じくらいの濃度なんです。

 体には海水濃度と同じくらいの様々な電解質が必要なのですが、それがどんどん失われます。それを補うために、電解質をしっかりと取らないといけないのですが、どうしても夏場はあっさりしたものが食べたくなりますよね。この辺りも一日一日ではたいしたことはありませんが、積み重なれば大きくなります。

トレーニング

 何よりも修正すべきはトレーニングです。ただ、夏場のトレーニングだけ特殊なトレーニング原則が適用されるわけではありません。夏場のトレーニング理論もそれ以外の季節と全く同じです。ここで、もう一度トレーニング刺激と適応の関係性をおさらいしておきましょう。

 トレーニングの総負荷とトレーニング効果(走力)の関係性は収穫逓減の法則に従います。基本的にはトレーニングの総負荷を増やせば増やすほど、走力は向上しますが、その上昇分は逓減します。

 分かりやすく言えば、全く走っていない人が週に 4 回でも 8 キロのジョギングをすれば、走力は大幅に上昇します。それを週に 6 回に増やせば、更に走力は上昇します。週間走行距離を二倍の64キロにすれば、更に走力は向上しますが、 0 キロから 32 キロに増やしたほどではありません。更に、96 キロへと増やす と、更に走力は向上しますが、32 キロから 64 キロへと増やした時ほどの向上は見られません。

 単位走行距離当たりのトレーニング効果は逓減するのです。あくまでも単位走行距離当たりのトレーニング効果が逓減するのであって、週間 96 キロのトレーニングは週間32キロのトレーニングよりも効果が低いという訳ではありません。

 ここでは話を単純化するために、質や一般性と特異性の概念は省いていますが、実際にはトレーニングの質や一般性、特異性の話が入ってくるので事情はもう少し複雑で、単位負荷当たりのトレーニング効果が逓減するということになります。そして、質と量、特異性と一般性、負荷と適応というトレーニング理論 の三大要素の中でどれが一番影響を受けるのかということですが、やはり一般性と特異性でしょう。

内在的な負荷と外在的な負荷

 一言で、トレーニングの負荷と言っても、それは内在的な負荷と外在的な負荷に大別することが出来ます。内在的な負荷というのは、単純に体にかかっている負荷のことだと思ってください。

 一番卑近な例で言えば、土トラックとか土の道でインターバルをする例です。その土質にもよりますが、タータントラックやアスファルトの道と比べて土トラックや土の道でのインターバルは一キロ当たり5 秒ほど遅くなります。

 ということは、タイム的には一キロ当たり 5 秒遅く走ってもトレーニング刺激は同じだということになります。同様の原理が標高、気温、 湿度、風向、風力などによって働きます。 対する外在的な負荷というのは、数字的にと言い換えることが出来る概念です。

 例えば、土トラックで 1 キロ 5 本を 2 分 55 秒で出来れば、恐らくタータントラックでは 2 分 50 秒で走れるでしょう。ということは、総合的にきちっとトレーニングが詰めていれば、5000m では 14 分 10 秒が狙えると思います。

 でも、 やっぱり厳密に言えば、土トラックとタータントラックを比べたときに5 秒速くなるかどうかは分からない訳です。先述の通り、土質によっても変わりますし、 土トラックに強い人もいれば、弱い人もいます。

 また、狙ったレースに向けては心理的な自信を持つということも重要な要素になってくるので、ある程度はレースペースで走るメリットも大きいです。このように考えたときに、狙ったレースが近づいてくると数字的に準備していくことも重要な要素になってきます。

 で、ここで話を元に戻すと、特異的なトレーニングにおいてはより数字的に準備する要素が重要になってくるのですが、基礎的なトレーニングにおいては数字はあまり重要ではなくて、トレーニング刺激そのものが重要になってきます。

 例えば、それが冬であったとしても時計を見ずに中強度で走れば、その日の体調や風向、風力、コース、起伏などでタイムは遅くなったり、速くなったりします。 コースが全く同じで、気象条件もほぼ同じでもタイムは体調によって若干かわってくるとおもいますが、正直トレーニング効果はほぼ同じです。

 私で言えば、20キロの中強度の持久走をするとして、それが 71 分でも 73 分でもまあ、同じです。それが故障明けとかで状態がまだ上がっていなければ 75 分でも、状態が良い時の 70 分と同じトレーニング効果ということは大いにあり得ます。

 という訳で、この内在的なトレーニングを行うにあたっては実は気温はそれほど問題ではなく、ペースを落とせば良いのです。同様に登坂走なども同じです。また基礎的スピードを養うスピードワークも実は暑さはそこまで問題ではあり ません。何故なら、距離を短くし、休息を長めに取れば良いからです。

 基礎スピードの養成に関しては目標とするレースペースや目標とするレースペースよりも速いペースに慣れることが目的なので、別に高パフォーマンスが求められるわけではないのです。 ですが、問題はやはり疲労を残しやすいということです。例え、内在的なトレーニング刺激が同じでもやっぱり夏場の方が疲労は残りやすいです。

 例えば、気温や湿度に応じて 20 キロで 2 分、3 分くらいタイムを落とせば、冬場のトレーニングと同じくらいのトレーニング刺激にはなると思います。ただ、それでも疲労の残り具合はやっぱり大きくなりますし、後は指数関数的にダメージが大きくなるのが 30 キロ走や 40 キロ走などの長い距離のトレーニングです。

 これはもう論より証拠ということで、オリンピックのマラソンと 1500m や 5000mを比べてもらった方が話が早いです。1500m の場合は、優勝から予選落ちまで順位がつくとは言え、腐ってもオリンピック選手、アマチュアランナーが到底太刀打ちできるタイムではありません。

 ただ、マラソンになると結構冬場の市民ランナーくらいのタイムになってしまう人がいます。ここからも分かるように、暑さによるダメージというのは指数関数的に増えて、あるラインを超えると一気に加速します。

 実は長距離走って全部そうなんですよね。ウォーミングアップくらいのペースから徐々に徐々にペースを上げるとやっぱり、ペースが速くなればなるほど 指数関数的にきつさも体に残るダメージも上がっていきます。

 例えばですが、5 キロを 20 分ちょうどで走る選手にとって、5 キロ 4 分と 4 分半は全然違うと思います。4 分 10 秒と 4 分ちょうど、4 分ちょうどと 3 分 50 秒も全然違うでしょう。

 でも、4 分 40 秒からの±10 秒はそんなに変わらないですよね。 夏場はこの現象が加速し、さらに言えば、運動時間が長くなればなるほど、大きく影響を受けるようになります。その影響の受け方は決して、比例の関係ではなく、指数関数的に影響が大きくなります。個人的には一時間超えるか超えないかに一つのラインがあって、90分超えるか超えないかにもう一つラインがあって、2 時間超えるとなるとぐったりするのは確実コースです。

 ちなみにですが、運動強度も同様に関係してきます。2 時間走ると言っても、私の場合、それが一キロ 5 分ペースとかだと全く問題なく走れますが、4 分を切るペースになると暑さによる影響を強く受けるようになります。

 そして、これに関連してオーバートレーニングのリスクが指数関数的に高まるポイントが手前に来るんです。この感覚を上手く伝えるにはどうすれば良いかというと、例えばですよ、ギャンブルをするとしましょう。ギャンブルする時でも、捨てても良い範囲ってあると思うんですよね。

 例えば、映画観に行ったら、 どっちにしても数千円はとられるじゃないですか。そう考えたら、別にギャンブルで 3000 円とか捨てるくらいはノーリスクなわけですよ。野球観に行ったって 数千円は飛びますから、野球好きが野球見るのにお金を出すのと、馬好きが馬の競争を観に行くのにお金払うのと大差はありません。

 ところが、1 万円超えてくると高くついたなという印象ですよね。趣味として考えればですよ。でもビジネスとして考えるなら、これもまあ捨てても良いかなっていう額だと思います。

 治療院開くとか、パン屋さん開くとか、そう言うこと考えたら家賃だけで月数十万円は飛びますから。でも、確実に生活できなくなるまでお金を使ったり、子供の学費に当てるはずだったお金まで使ったら、リスクが跳ね上がりますよね。もう「今日は負けたけど、楽しかったね!」とは絶対に言えなくなる金額です。

 でも、更によく考えてみると、このリスクが跳ね上がる金額も人によって違う訳です。手元に一億円くらいあれば、一晩で 100 万円くらい使っても、「今日は派手に遊んで楽しかったぜ!」と言えると思うのですが、貯金が 10 万円しかなければ、5 万円の負けでも死活問題ですよね。このように、リスクが跳ね上がるポイントは人によって違うんです。

 で、この例で言えば、夏場は手元にお金が少なくなってリスクが跳ね上がるポイントが低くなっている状態です。あくまでも例えですが、手元に 1 億円あったのが、手元に 10 万円しかない状態でギャンブルをやるような状態なんです。そうすると、重要なのはリスクを最小限にしながら、着実に積み上げていくことです。

 夏場のトレーニングにおいてはこれら4要素に関して上手く微調整をしながら仕上げていくことが大切です。

 実はここまでは『池上秀志全集1』の中に収録されている『夏場のトレーニング論』のほんの一部です。続きは『池上秀志全集1』または『夏場のトレーニング論』の中でお読み頂けます。

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