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学校の「ふつう」って本当に必要?

映画『夢見る小学校』を視聴した。

そして、映画を観る中で、
一教員として、

 「ふつう」って何だろう?
  それってほんまに必要?

と、ふと思った。

・テストって?
・時間割って?
・宿題って?
・〇〇って?

全ては子どものため?になってる?

映画の中で尾木ママが言っていたのだが、
別に公立学校とか私立学校とか関係ない。
公立学校でも変えられるんだと。

そして、この映画は文部科学省が認可している。
その点も興味深い。

つまり、現場の教員はもちろん、保護者も、地域も、国も、
これまでの「ふつう」がほんまに子どものためになってるか、今一度振り返る時が来たんやと思う。

そうすると、きのくに子どもの村学園は
子どもたちの自由が尊重されて、
でもみんな好き勝手にやってるわけではなく
色んな人と対話をしながら、互いの良さを認め合いながら
大人も子どもも同じ一人の人間として関わっていく。

「発達障がい」という言葉も
画一的な教育をしてるから出てきただけ。
みんな個性を持ってるし、何ならみんな発達障がいがあるのでは。

その子らしさを生かしながら、
もっともっと自由に
色んなことを自己決定して、色んな人と対話して、色んなことにチャレンジして、、
そんな環境があると必然的に違いを認め合えるし
みんな違ってて当たり前って気付くはず。

本来、それが「ふつう」であるべきやと思うなあ。