見出し画像

咲かんとばかりに

霜が降りた芝の上を歩く。
静かに、日が昇っていくのをただ見つめる。
冬薫るこの澄んだ空気にすらも、
1年のおわりを感じさせられる。
そして、不意に寂しさも出てくる。

指先がひんやりした。
後ろを振り返ると、私の歩いてきた道が
まだ鮮明に
場面の切取りではあるが
脳内で、ずらっと並んでいる。

2022年。あの1年間はあまりの不甲斐なさに
今後が不安でしか無かった。
このまま崩れて消えて
無くなってしまうんじゃないかと思った。

夏まで足の痛みも消えない。
なんでこんなことになるんだと
自責の念に駆られる。
そんなところからもう逃げ出せない局面まで。

来た。

だから、当然逃げなかったし
当然その目標しか見ていなかった。
思っただけじゃ勝てないとどこかよぎる
もう1人の自分。

そんなものはエゴだった。

誰も
これっぽっちも諦めていなかった。
だから、私ももう一度だ。もうひと踏ん張りだ。
そうしてどんなに苦しくとも、もがき続けた。


そうしてスタートへ向かった。

冷たい雨が降り続く。

きっとこれは止まないだろう。
もう逃げられない状況でやってきた私には
憂鬱の「ゆ」の文字も無かった。
いつの間にこんなにメンタル強くなったんだろ。
不意に自分の今の状況を
客観視してしまう時もあった。
しかし、ここまでのイメージと感覚を
前と比べるのもやめた。
これが今の、新しい私、だからだ。
新しい私で挑む。
これすらも今の私の自然体。
それでいいからだ。

そして、選手の笑顔が控え場所にある。

この素敵な人達と最高のレースをしよう。
その時にはもう既に
"意識がレースの中に入っていた"
…のかもしれない。
私の中の野性的な勘も働いていたように思う。
今の自分にとって自然な感覚でもあった。

そうして
競技場には最初に自分が帰ってきていた。

止まない雨のその粒は
私の目に入らんとばかりに降り続く。

喜びの雨が降り注いだ。

願った通りになった。
それはきっと、ただ諦めなかった
だけじゃない。そんな気がしている。
監督もスタッフもずっと不安定な私に
歩み寄り、そっと包んでくれた。
この人たちは、きっと、本当に
本当に本当に本当に心から

私たちが目的地へ
行けることを願って
一緒に"走っている"

そう思った。

競技場に持ってきたバッグに
合宿中、監督が
願いを込めてプレゼントしてくれた
私の誕生月の石
ラピスラズリを入れた。

それを最後、手に取り
監督とマネージャーと3人で
手をその上に重ね合わせた。
ぎゅっと重ね合わせた手の圧は
とてもとても、強かった。
みんなでここまで諦めずにやってきたんだと。

その時の手の感触さえ忘れはしない。

ゴールしたあとのテントの中でスタート前の
その瞬間がよぎり、目から雫が零れ落ちた。

高校生の自分に、今の私ならこう言うだろう。

やってきたこと、決して無駄じゃないから。
苦しかったこと、沢山あったけど
自分ならできるよ。
今、1つ、願いが叶うところまで来たよ。
頑張ってきてくれてありがとうね。


絶対に絶対に
自分に返ってくるからね。
だからね

自分信じていいからね。
自信もって歩いていきなね。

お社の前で手を合わせる。
そばに監督もいる。

何を願ったかは話さず
笑いながらその場をあとにした。

ひんやりした空気で耳まで凍りそうだ。
そうしてまた、日が昇る。

この1年はどんな年にしようか。
言うまでもない。

また掴むさ。私たちはまだまだ行ける。
まだまだ行きたい。
まだまだ見たことない景色を見たい。

いや。見に行く。

花はこれから蕾をつける
といったところだろうか。

満開に咲くところを
どうかそばで
見て
笑ってほしい。

ただ、そう思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?